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ハナ・アーレント 「全体主義の起源」第一巻「反ユダヤ主義 」 1

 p46
 ユダヤ人は、国家の(絶対君主国家→国民国家帝国主義国家と政体を変えていくといった)体制にかかわりなく、無条件に信頼できる唯一の社会層だった。
 政体が変遷するとき、宮廷貴族、地方貴族、教会、軍人、商人、職人、農民などの各階級は、自らの利益の帰するところに従って一定の範囲で国家と衝突せざるを得ないが、「ユダヤ人」なるものはどの階級にもいながら、その利益の帰するところは当該階級とは異なっていた。
 つまり国民の内部では国家を代表するように見える唯一の集団だった。したがって、そのような国家と衝突したすべての社会階級は、反ユダヤ主義になった。
 p46-50
 18世紀のロスチャイルド家の興隆にともなって、反ユダヤ主義の進展に関する決定的変化が訪れた。五人の息子がウィーン・フランクフルト・ロンドン・パリ・ナポリの根拠地に据えられ、一つの家族が五つの異なる国家の事業を、緊密に連携しながら見ていき、ヨーロッパのあらゆる金融中心地で、ナポレオン戦争後の多くの国家機構の再編に必要な膨大な政府国債をほとんど独占的に扱った。 
 当然すべてのユダヤ・非ユダヤの競争者は打ち倒され、この一門は国民として編成された民族の世界の中で、ユダヤ人の国際主義を最も明確な形で表現した。
 しかも彼ら兄弟の団結は、これらの国々の間に存する確執や利害に一瞬たりとも乱されることはなかった。対内的には、ロスチャイルド商会の独占的地位は、西欧・中欧のユダヤ人たちにとってある程度まで宗教と伝統の古い絆の代わりをつとめた。
 民衆は、ユダヤ人は他の民族と異なって一家族のような構成を持ち、血の絆で結ばれていると考えていたから、ロスチャイルド家の興隆はこの民族意識をますます硬化させた。彼らの目にはユダヤ人集団がますます大家族の一員として映るようになった。家族は血縁によって成り立つから、人種問題が政治的意味を帯び始めるとユダヤ人は「民族」の最もわかりやすいモデルとなったのだ。
 ユダヤ人の世界支配という荒唐無稽な観念を実証しようとするならば、この家族の像に見られるもの以上に恰好な証明がどこにありえただろう。いたるところで、利害をひとしくする家族的コンツェルンとしてのユダヤ人の観念はくりかえしあらわれ、やがて王座の陰に隠れた隠密の世界勢力、あらゆるできごとをあやつる全能の秘密結社といった幻想に変わっていった。
 p55
 十九初頭の中欧でのユダヤ人解放令はすべての市民の法の前での同権・平等を打ち出した。しかしそれは逆に、18世紀までのユダヤ人の特殊な貢献を秘密にし始めることを意味し、「世界史の進展に関するユダヤ人の隠密の役割」を、社会の多くの階層にいかにもありうべきこととして疑わせることことになった。
 p59
 十九世紀中ごろになると、ユダヤ人の銀行家や実業家に今後も国家の特別な保護を保証しながら、同時にユダヤ人知識層は官界や自由職業でのいかなる地位からも締め出すという、誰にとっても受け入れられる解決がもたらされた。ビスマルクは「国家制度に維持に欠かせない金融ユダヤ人」と「新聞界と議会にいる貧乏ユダヤ人」をはっきり区別している。
 p65
 19世紀後半の資本主義の発展と株式取引の自由化は、従来階級社会の中での商人と職人の身分をめちゃめちゃにした。それまでの親方は工場の賃金労働者にまで落ちぶれてしまった。この株式取引の自由化において、ユダヤ人はいたるところで目立っていた。小市民にとっては、自分たちを叩きのめした「株式取引の自由化」は「ユダヤ人」と同義語になった。