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山本義隆 「磁力と重力の発見」(みすず書房)6/7

 フックとニュートン――機械論からの離反
 p848
 十六世紀後半には、音の強さやローソクの明るさは距離の二乗に反比例することが広く知られていた。ロバート・フックはニュートンへの書簡で「惑星の運動は接線方向への直線運動と中心物体(太陽)の方向に引き寄せられる運動の合成」であると語り、それまで向心力と遠心力の釣り合いという形で惑星運動を窮屈に見ていたニュートンに、はるかに有効な解析方法を教示した。
 このことによってニュートンは初めて楕円軌道の動力学を首尾よく扱うことができるようになり、ケプラーの法則から重力の逆二乗法則を数学的に厳密に導き出すことに成功した。
 p852
 ロバート・フックはニュートンへの別の書簡で「私の仮説では引力は中心からの距離の二乗に反比例する」と明確に定量的に特定している。それを方程式にするだけの数学的手腕がなかっただけといっても過言ではない。フックの「世界の法則」は七歳年下のニュートンによって、込み入った円錐曲線の所定理とデリケートな極限操作を含む幾何学によって壮大な数学的体系に仕上げられた。
 ニュートンは一人圧倒的な天才として屹立していたわけではない。そういう人は当時も誰ひとりいなかったのである。ニュートンの初期論文に興味を寄せ、自分の乏しいデータをニュートンに提供する幾百の小天才を身辺に持つことができたことこそ、ニュートンの「天才」の証明である。
 『プリンキピア』の初版出版は名誉革命の前年、一六八七年である。議会が王から絶対王権を奪い、イギリスに世界史上はじめて「市民社会」なるものが現れた。大陸諸国が絶対王政の農業国家であった中で、イギリスでだけ水力など動力の活用や、技術の脱魔術化による「機械」製作が進み始め、イギリスは全世界に産業資本主義=商品の販路と原料獲得先を求める帝国主義の先頭に立とうとしていた。

 p855
 太陽が惑星に力を及ぼすということは、物質は受動的であるという前提に立つ機械論にとっては、働きかけるべきはるか遠隔の惑星の存在や位置を太陽が知っていることであるかのように感じられた。だからニュートンなどの「重力の逆二乗法則」は、「人間の目には隠れた性質」を云々するアリストテレス主義者の目的論や物活論や生態的自然像の復活のように彼らには思われ、デカルトエピゴーネンによる機械論全盛のフランスなどでは激しい批判にさらされた。
 p902
 スコラ学の真理概念は本質や原因が分からなければ何かが分かったことにはならないというものであったし、デカルトは「機械の扱いに習熟しているものが機械の外部をみてその内部のメカニズムを推測できるのと同様にして」自分は重力と運動の原因を追究できると(百年後ヴォルテールに妄想とこき下ろされることを)語っていた。
 スコラ学者もデカルトも、神が私たちには理解不能な「本質」を創りうるなら、同じく私たちに理解不能な万有引力を付与することだってできるだろうとは考えられなかったのである。