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シェイクスピア 『マクベス』(福田恒存訳・新潮文庫)

  1606年初演。マクベスは11世紀初めに実在したスコットランドの有力武将。当時、イングランドはフランス・ノルマンディー公・ウィリアムの支援を受けたアングロ・サクソン王朝のエドワード懺悔王が統治していた。シェイクスピア活躍の約500年前の時代である。
 舞台の進行の中で3人の魔女が何度も登場し、勇猛だが小心でもあり、妻のそそのかしに乗って王を暗殺するマクベスの運命を予言する重要な役割を演じる。11世紀のスコットランド高地という寒々しい場所のイメージが、王位簒奪とその後の没落という魔女の予言の禍々しさにいっそうの真実味を加えている。
  劇は、二人の将軍マクベスとバンクォー率いるスコットランド軍が、侵攻してきたノルウェイ軍を撃破するところから始まる。マクベスは優秀な軍略家であり、王・ダンカンの信頼はきわめて厚い。しかし、優秀な将軍であることと、その男が野心と無縁であるかどうかは、いまも当時も、別の話である。ノルウェイに大勝したあと、マクベスとバンクォーは3人の魔女に出会うのだが、そのとき魔女たちから「マクベスは王になるであろう、しかしその後はバンクォーの子孫が王朝を開くだろう」と、不気味なことを言われる。
 ノルウェイ軍撃破を祝って、マクベスの城で祝宴が開かれるのだが、妻に「今夜王を暗殺すれば王位はあなたのもの」と尻を叩かれ、あっさりと決行してしまう。しかしダンカンの二人の王子はイングランドアイルランドに逃げてしまい、クーデターは不首尾に終わる。
 マクベスは魔女の予言が気になって仕方がない。なぜなら、マクベスは僚友バンクォーが「生まれながらの気品」の持ち主であり、その気品こそが自分にはないことをよく知っているからである。
 「解題」で福田恒存が言うように、ハムレットは愛情と信頼との純粋を願ったので、王冠が欲しかったのではない。しかしマクベスは何よりも王冠と笏とを手に入れたがった。そこが生まれながらの王者ハムレットと、暴力と幸運によってしか王冠を自分のものにできないマクベスの違いだ。」
 かくしてマクベスは有力な武将、貴族を根絶やしにするような殺戮を繰り返す。スコットランド全体が陰惨な空気の下に喘ぐのだが、やがてイングランド王・エドワードが、逃れてきた長男・マルコムに庇護を与え、大軍をマクベス討伐に向かわせる・・・・・。
 
 なお、シェイクスピアの『マクベス』とは関係ないことだが、マクベスが実在した時代以降の英語の変化について、興味深いことがウィキペディアにあった。
 <1066年1月、(マクベス討伐のために大軍を差し向けた)英国のエドワード懺悔王が亡くなる。王には子供がなかったため、王位継承をめぐる争いが起こる。エドワード王のいとこにあたり、エドワードを支援していたフランス・ノルマディー公ウイリアムは、王位継承をエドワードの在位中に約束されていたため、即位の正当性を主張して、9月に大軍を率いて英国に上陸した。そしてヘーステイングスの地でエドワードの義弟ハロルド二世を倒し、クリスマスの日にウエストミンスター寺院で正式に英国王になった。ノルマン朝を開いて現在のイギリス王朝の祖となったウイリアム征服王である。
 このノルマン系フランス人の征服により、支配階級・上流階級はノルマン系フランス人で占められ、ノルマンディー地方(現在のフランス北西部)に住んでいたノルマン人の言語=古いフランス語が公用語となった。英語は小地主と農民・農奴の言語となった。以後約300年間、英語はフランス語との言語接触により、大量のフランス語彙を取り入れるとともに動詞の複雑な格変化をほぼ失っていく。
 現代英語の語彙の70%はフランス語由来と言われている。もし歴史上、ノルマン人による征服のような大事件がなければ、現代英語はオランダ語やドイツ語と同じような言語であり、ゲルマン語の特徴をとどめていただろう>。
 このような文法構造にかかわるような重要な言語変化は、征服者・継体天皇の言語が日本語と同じ構造の南部朝鮮語であったことから、日本語の歴史にはついぞ起きなかった。