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ロバート・ゴダード 『蒼穹のかなたへ』 文春文庫

 これまで僕が読んだロバート・ゴダードは、デュ・モーリアレベッカ』をさらに不気味にしたような超傑作『リオノーラの肖像』、著名な経済名士家系を翻弄する詐欺師の天才ぶりに読者が唖然としてしまう『欺きの家』、実名で動き回るロイド・ジョージチャーチルが、光の届かないイギリス政界の闇の深さを浮かび上がらせる『千尋の闇』の3作。どれもが、出版社の宣伝文句もたまには嘘をつかないことがある、もしくは、ゴダードの力量は宣伝屋ごときが2、3行のコピーでは伝えられないことを実証していた。

 この『蒼穹のかなたへ』上下巻もまた、読者を数日のあいだ楽しませてくれるものだった。上下2巻、700ページの長編。主要人物だけで20人以上。どれひとりとしてぞんざいな扱われ方をしていない。メインらしく思われるストーリーが、途中で二転、三転するように読者は惑わされ、下巻の半分までは何が事件の全貌なのか、読んでいる途中で相当考えないといけない。
 そしてそして・・・、たとえ上巻の後半から20ページごとに20回考えたとしても、最後にはそれは全部外れていることを知らされる。作者の頭脳はつねに読者の推理の裏をかく。「犯人」らしき人はしだいにわかってくるが、なぜ彼がそうしなければならないのかを推理できない。読者は作者のはかりごとにますます引きずられていく。

 佐々木徹という京大英文学助教授だった人が、やや興奮の気を入れて「解説」を書いている。「もしいまあなたが『蒼穹のかなたへ』というこの小説は果たして面白いのだろうかと迷いながら、本屋さんの店頭でこの「解説」をのぞいておられるのなら、どうぞ心配の必要はまったくありません、すぐにレジにこの本を持って行ってお買いなさい。もしいま小説を読み終わってこの「解説」を読んでおられるのなら、あなたは私の言ったことに強くうなずいておられることでしょう。プロットが起伏に富んでおり、意外な展開に満ちていて、語り方に工夫が凝らされ、しかも人物がよく描けていて、性格造型に無理がない、とくれば娯楽小説としてこれ以上何が望めましょう。」