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池澤夏樹 『切符をなくして』(角川文庫)

 よくできた童話であるといっていい。小学校高学年以上には読めるだろう。ネタバレになるからストーリー紹介はよすが、終わりのほうに死とは何かを子供に説明する面白い場面がある。

 「人の心はね、小さな心の集まりからできているの。その小さな心をとりあえずコロッコと名付けましょうか。たくさんたくさんのコロッコが集まって、一人の人の心を作っている。だから人が何かを決めるときには、そのコロッコが会議を開いて相談したり議論したりして決める。
 「人はいつか亡くなります。亡くなった人は向こう側に行きます。そうして、その人の心を作っていたコロッコたちはだんだんに解散して、その人の心もやがて消滅します。」

 「一つ一つのコロッコは永遠ですか」と高学年の子供が聞いた。先生は「コロッコは永遠です。何万回でも転生できます。宇宙の果ての別の星に生まれることもできると私は聞いています。」
 「残された人たちが亡くなった人のことを思い続けて・・・」と僕は言いかけたが、その先が続かなかった。僕が誰のことを言っているのかを先生が察してくれた。「残された人たちが死者のことを懐かしく思い出したり、お墓にお参りしたり、いつまでも覚えていたりすると、コロッコたちの解散はそれだけ遅くなります。コロッコたちはまとまっていることに意味があると思って、なかなかその心から出ていけないのです。」

 「コロッコが永遠ならば、なぜ生き物は死ぬことを恐れるのですか?」とさっきの高学年の子が聞いた。

 「それが生きるというゲームのルールだから」と先生は言った。「みんなで一つの生命を組み立てて、この世界で一つの個体として生きているコロッコたちは、できる限りその個体を長く楽しく生きるという大きな前提に沿って生きます。」

 別の子供が聞いた。「で、誰かが死ぬと・・・」 

 先生が答えた「コロッコたちはすぐ会議を開きます。なぜ自分たちのゲームはそこで終わったのか。ちゃんといっぱい楽しんで、苦しみもきちんと受け取ったか、ということをね。それが死ぬことの準備でもあるの。長くても短くてもいい。よく準備された人生ならば、死んだ後もコロッコたちはずっと一緒のままでいて、生前のことをいろいろ思い出して、しばらくは何日も話が尽きなります。・・・・・」