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新聞から 森達也 「正義を掲げ追い込んだ先に」

 7月26日の朝日新聞「論壇」に、森達也氏の「正義を掲げ追い込んだ先に」という質の高い大きなコラムが載っていた。
 大津市のいじめ自殺問題について、3人の「加害」中学生とその家族・親類の名前、顔写真、住所などがネット上に悪意を持ってばら撒かれている。当該中学校や教育委員会への嫌がらせ、脅迫も凄まじい。この現象は福島原発事故以降、「なぜ事実を隠蔽するのだ」との憤りや鬱憤が、東京電力や政府という「撃たれるべき標的」を突如見つけたかのような現象ととても似ている、と森氏は書き始めている。
 森氏は、大津のいじめ事件にしろ福島の原発事故にしろ、それを糾弾する尋常でない量の“正義の書き込み”は「絶対に許すな」や「追い込め」という表現をとっており、「この正義はたやすく炎上する油紙のようにぺらぺらと薄い」と、追い込む側の「逆いじめ」を冷静に批判している。朝日にときたま出ることがある、民衆という多数派のルサンチマン(いわれなき怨念)を手厳しくたしなめる論文である。以下少し長いが森氏の論を抜粋する。

 「いじめとは抵抗できない誰かを大勢でたたくこと。孤立する誰かをさらに追いつめること。ならば気づかねばならない。日本社会全体がそうなりかけている。この背景には厳罰化の流れがある。つまり善悪二分化だ。だから自分たちは、(自分より正しい者は世界のどこにもいないのだから)正義となる。日本ではオウム、世界では9・11をきっかけにして、自己防衛意識の高揚と厳罰化は大きな潮流になった。
 「ところが欧州は違う。この流れに逆行する形で寛容化を進めている・・・・去年7月に77人を対国家テロで殺したノルウェーのアンネシュ・ブレイビクという男に対し、今年8月に判決があるが、最高刑が言い渡されても禁固21年である。ノルウェーでは最も重い罰が禁固21年なのだ。・・・・日本の一部のメディアでは死刑が復活するのではという記事が出たが・・・・、事件当時法相にあったクヌート・ストールベルゲはインタビューした私に対しその見方をあっさりと否定した。死刑を求める声は、遺族からも全くあがらなかったという。
 「寛容化政策が始まった80年代、ノルウェーでも治安悪化を懸念する国民や政治家は多数いた。でもやがて国民レベルの合意が形成された。なぜなら寛容化の推進と並行して、犯罪数が減少し始めたからだ。
 「日本の刑事司法は、本気で犯罪の少ない社会をつくろうとは考えていない。むしろ追い込んでいる。クラスの多数派が誰かを追い込むように。悪と決めつけた標的をネットの民衆ととマスメディアが追い込むように。
 「犯人ブレイビクは法廷で、『単一文化が保たれている完全な国家』のひとつとして、日本の名をあげて称賛した。だから私は時おり想像する。ブレイビクから称賛されたことを、『絶対に許すな』『追い込め』と書き込んでいる人たちはなんと答えるだろうかと。」