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カーソン 『沈黙の春』(新潮社)2/2

 沈黙の春』から一箇所だけ抜粋する。微生物から人間まで、あらゆる動植物に見られるエネルギーの供給・消費現象を有毒物質がどう阻害するかを述べたところである。生命というものの根幹に致命傷を与える仕組みがとても分かりやすく書かれている。
 p261−5
 ミトコンドリア電子顕微鏡ではじめて詳しくとらえられる細胞内の微小体である。ミトコンドリアの中には酸化循環を行う酵素やいろいろな酵素がいっぱい詰まっていて、細胞の側壁や隔壁に順序正しく並んでいる。ミトコンドリアは、生命体のエネルギーを生み出す仕事をほとんど一手に引き受けている「発電所」に似ている。
 ミトコンドリアの内部では、ぐるぐる回る輪のように休む間もなく酸化作用が行われている。酸化循環の各段階で発生するエネルギーは生化学者がATP(アデノシン三リン酸)と呼ぶ形をしている。三つのリン酸基がついた分子だ。筋肉細胞収縮のエネルギーは、三つつながっているリン酸基が筋肉内に移行するときに発生する。するとさらに第二の循環が行われる。ATPの分子からリン酸基がひとつ遊離すると、このATPはリン酸基二つを持つ分子ADP(アデノシン二リン酸)となる。ADPのエネルギーは低い。だが、この循環が行われるうちに、ADPにはほかのリン酸基が付着し、またエネルギーの高いATPができる。この変化を説明するのによく蓄電池の比喩が使われるが、ATPは充電された状態であり、ADPは放電された状態と言っていい。
 ATPは有機体のいたるところにみられるエネルギーの供給源だ。筋肉細胞に機械エネルギーを供給し、神経細胞には電気エネルギーを供給する。精子細胞が卵子細胞にたどり着くのも、受精卵から成体が発生するのも、あらゆるホルモンが細胞で作られるのも、これらはみなATPの供給を受けるからである。
 リン酸基とADPが結合してATPに可逆的に変化する(バッテリーの充電にもたとえられる)反応は、共軛リン酸化と呼ばれる連合反応である。この連合反応がなければ、必要なエネルギーを供給できなくなってしまう。呼吸が行われても、エネルギーは発生しない。空回りするエンジンみたいなものだ。筋肉は収縮できず、インパルスは神経細胞間をパスできない。精子は目的地に達することができず、受精卵は細胞分裂ができない・・・・・・・・・・・。DDTやパラチオン、マラソン、BHCなどみんながよく知っている農薬は、この共軛リン酸化連合反応という生命現象の最も基本のところを破壊してしまうのである。