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村上春樹 『スプートニクの恋人』(講談社文庫)

 1999年の作品。『羊をめぐる冒険』(1982年)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)、『ねじまき鳥クロニクル』(1993年)よりは前の作品であり、この『スプートニクの恋人』のあと『海辺のカフカ』(2002年)や『1Q84』(2009年)が書かれた。年譜的にはそうなっており、「平易な文章と難解な物語」という村上長編作品の特徴はこれら全部を貫いている。
 彼の小説の「表世界」には必ずそのパラレルワールドが影のように寄り添っている。主人公たちがその二つの世界を、あたかも壁がないように行き来するところから「難解」といわれるのだが、そのパターンは本作でも踏襲されている。タイトルから想像して『ノルウェイの森』のような、少し不思議な一本調子の恋愛小説を期待して読んではいけない。
 目を見開かされるほどの隠喩の巧みさも以前と以後の作品と同じである。ウィキペディアによれば、斎藤環は「隠喩能力を、異なった二つのイメージ間のジャンプ力と考えるなら、彼ほど遠くまでジャンプする日本の作家は存在しない」と村上春樹の力に驚いたそうだ。本作にも驚くような隠喩が頻発する。たとえばp76。「それから一ヵ月ばかり、ふさふさした尻尾を切り取られた動物みたいに、彼女は精神のバランスを失っていた。」 またたとえばp81。「何を言えばいいのかわからなかったので、ぼくは黙っていた。広々としたフライパンに新しい油を敷いたときのような沈黙がしばらくそこにあった。」
 しかし、こういう暗喩は、300ページの小説なら十回ほどあるのがちょうどいい。300ページの間に、本作のように三十回も技巧を見せられると、食傷する人もいるだろう。
 村上の作品には、大江健三郎がかつて言ったらしい 「外国の翻訳小説の読み過ぎで書いたような、ハイカラなバタくささ」 があることも確かである。『スプートニクの恋人』では特にそれが目立つ。下のようなページを読んで、言葉は古いが、「シティボーイが読むカタログ小説」の印象を受けない読者はいるだろうか。私は久しぶりに「アメリカかぶれの村上春樹」を感じてしまった。まあ二つの力作を書き終わり、次の力作を書く前の息抜き中篇なのだろう。

 P69−70
 ミュウは赤坂にある執務室とはべつに、自分だけの小さなオフィスを神宮前に持っていた。そこにはミュウの机と、すみれのための机があり、書類を保管するキャビネットがあり、ファックスと電話とパワーブックがあるだけだった。一部屋のマンションで、申し訳程度の小さなキッチンとバスルームがついている。CDプレーヤーと小型のスピーカーがあり、クラシック音楽のCDが一ダースほどおいてあった。ビルの三階で、東向きの窓の外には小さな公園が見えた。一階は北欧輸入家具のショールームだった。大きな通りからは少し引っ込んだところにあり、街の騒音もほとんど届かない。
 すみれはオフィスに着くと花の水を換え、コーヒーメーカーでコーヒーを作った。留守番電話のメッセージを聞き、パワーブックのEメールをチェックした。・・・・・・メールの多くは外国の会社やエージェントからのもので、英語とフランス語がほとんどだった。郵便物があれば封を切り、明らかに不要と思われるものは捨てた。
 ・・・・ミュウはだいたい午後の一時から二時の間にオフィスに顔を出した。そして一時間くらいそこにいて、すみれに必要な指示を与え、コーヒーを飲み、電話を何本かかけた。返事の必要な手紙があれば口述して、それをすみれがワードプロセッサーに打ち込み、そのままメールするかファックスした。すみれは彼女のために美容室やレストランやスカッシュ・コートの予約をすることもあった。それだけの用事をひととおりすませると、ミュウは少しすみれと世間話をし、それからまたどこかに出かけた。
 ミュウは、外国(主にフランス)の小さなワイン製造業者と専属契約して、ワインを輸入し、東京のレストランや専門店に卸すことをメインの仕事にしていた。またクラシック音楽演奏家の招聘もときおり手がけていた。もっとも、雑多な実務を引き受けるのはそれを専門とする大手のエージェントで、彼女がやっているのは企画と、最初の段階でのアレンジメントだった。ミュウの得意とするのは、まだあまり名前が売れていない若手の有能な演奏家を見つけ出して、日本に呼ぶことだった。・・・・・・・