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デイヴィッド・ベニオフ 『卵をめぐる祖父の戦争』(早川書房)

 1942年、ドイツによる凄惨な旧ソ連レニングラード包囲戦の最中に起きた(かもしれない)、愚かでそれでいてファンタジックなエピソードを描いた戦争小説。著者ベニオフはブラッド・ピット主演の『トロイ』の脚本も書いている映画人らしい。この小説の起伏のあるストーリー作り、機関銃弾の飛びかう下でのユーモアたっぷりの会話などはさすがの才能を感じさせる。戦争ものならではのハラハラドキドキも十分で、通勤途中や旅行中に読めば時間を忘れさせてくれる。
 タイトルの意味は読み始めるとすぐにわかる。二人の主人公(語り手の祖父とソ連軍脱走兵)が銃殺になりそうだったところを、ソ連秘密警察の大佐が罪一等を減じてくれるのだが、その代わりに交換条件が出される。大佐最愛の娘の結婚式のケーキをつくるので、絶対に必要な玉子を一ダース、完全包囲されたレニングラードで手に入れて来いというものだ。その卵を入手するために祖父と脱走兵は食うものがない極寒のレニングラード付近で、ナチスドイツの精鋭を相手に奇妙奇天烈な「戦争」をする、というのがその意味である。
 この小説には、体に震えがくるようなむごいことが数多く書かれている。空から降ってきたドイツ軍の落下傘部隊が銃弾ではなく空中のあまりの寒さで死んだまま落ちてくる! レニングラードの広場には人食い夫婦が住んでいて、すりつぶした人肉で作ったソーセージを売っていた! 森の中の子供の死体はその多くが尻の一番やわらかい肉をこそげ取られていた! 多くの飼い犬が背中に爆弾をくくりつけられてナチスの戦車に飛び込んで行った! ナチス親衛隊の娼婦代わりにされていたソ連の少女は逃亡に失敗し捕まえられると足首を鋸で挽かれた!・・・・・・・等々、ソ連とドイツが死闘を演じた東部戦線には、こんな出来事はいくらもあったに違いない。
 なにしろレニングラード包囲戦は1941年から44年にかけて850日以上も続いた。海に面した都市だから食糧の供給は完全に断たれた。市民の飢餓はひどいもので、雑草の根、木の皮、はてはネズミまで食べられたという。ソ連政府の発表では飢えとドイツ軍の攻撃で67万人が犠牲になった。