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デュ・モーリア 『レベッカ』(新潮文庫)

 レベッカ』は高校の文学史の勉強で必ず覚えなければならない小説のタイトルだった。作者ダフネ・デュ・モーリアはその姓からわかるようにもともとはフランスの家系。フランス革命期にイギリスにわたったいわゆる逃亡貴族出身の女性である。
 この小説は最初から大ベストセラーになったらしい。いろいろな書評家が「皮膚に迫ってくる戦慄感・緊張感と繊細微妙な女性の愛の心理がからみあって読者を一晩中眠らせない」と絶賛したそうだ。
 レベッカというのはじつは作中ではもう故人になっている女の名である。宏大な屋敷を持つ典型的なイギリス・ジェントリーの最初の夫人で、生まれはよくないながらも美貌と才知と行動力で会う人すべてをとらえて離さない魅力を持つ。これに対して、生きている主人公「わたし」はそれほど美人ではないが善良な心を持った読者好きのする人であり、ふとした幸運に恵まれて、ジェントリーのフランス旅行中に見初められて再婚相手になる。「わたし」は何もかもが生まれて初めて経験する大金持ちの暮らしにまごつくばかりだが、何よりうろたえたのが邸宅全体を差配しているデンバース夫人という存在だった。レベッカは生前自分を崇拝していたデンバース夫人を通して、死後も屋敷に君臨していたのだった。「わたし」は年代物の家具調度、食器銀器が何もかもそろったこの屋敷の中に亡くなったレベッカの息遣いを聞き、デンバース夫人の物腰の一つ一つにレッカの振る舞いの残影を見ながら落ち着かない贅沢な毎日を過ごさねばならないのだった。そしてある日、過去が今によみがえったようなことが起きる・・・・・。

 『レベッカ』の初版は1938年。「ロマン」がまだ十分に信じられていた時代だった。イギリス中・上流の因習と伝統は当時の読者には抵抗する手段のないものであり、作中で語られる愛と勇気と繊細と優雅は一般読者に皮肉な反論を許さないものだった。今日、作家の誰が次のようなデンバース夫人の「真情」を言葉にできるだろう。
 「わたくしのレベッカ様は、ひと様からひどい扱いを受けながら黙ってじっとしているようなお方ではありません。『あなたは、この世の中からとれるだけのものをとるために、お生まれになった方ですもの』とわたくしはつねづね申し上げておりました。レベッカ様は事実その通りだったのです。気にもかけず、恐れもせず、何でもなさったのです。わたくしのレベッカ様は男のような勇気と魂をお持ちでした。男に生まれるべき方でしたわ。生前、よくわたしはそう申し上げたことでした。」

 よく似たプロットを持つ数十年後のゴシック小説にロバート・ゴダード『リオノーラの肖像』がある。『レベッカ』も十分面白いが、サスペンス小説としての厚み、国際政治をからませる的確な文明批評力などから見れば、『リオノーラの肖像』のほうが優れているかもしれない。同じことをするなら後世の者がはるかに有利ではあるのだが。