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多田富雄 『生命へのまなざし』(青土社)2/3 vs岡田節人(京都大学教授・基礎生物学)

 生物の再生・修復能力と免疫、癌遺伝子
 p148-52
 岡田  トカゲのしっぽを切ると、また生えてくる。人間とえらく違う下等動物だから、いやらしいことをすると、そう思われていますね(笑)。ところが、地球上の生物を見てください。哺乳類ぐらいですよ、手術を受けた傷ぐらいしか自分で治せないのは。そのほかの生物は、みんなすさまじく治します。これは高等動物の免疫に匹敵する一種の生体防衛です。
 ぼくは癌のことについて言えば、この修復・再生能力と関係があると思っているんです。きわめておおざっぱに言うと、修復・再生能力の高い動物は、癌ができても自分で治します。別の細胞にしちゃう。例えばトカゲのしっぽを切るでしょ。すると出てくる細胞は非常に癌に似た細胞なんです。でたらめに増えていく、しかしあるところまで増えて元の形に近くなると、そこで増殖が抑制され始める。そして必ず「治って」いくわけね。治るから再生ということになるわけね。これが、いつまでも成長しておれば、癌と同じことになるんですが、下等動物の場合はそうならない。
 動物が「高等」になるということは、生物としてどうしても生産しなければならなかった細胞には、もともとある種の増殖制御能力の落ちこぼれのようなものがあって、その「落ちこぼれ」がその「高等」動物のなかにプログラミングとして入ってしまった、そういうことではないでしょうか。だから、高等動物が自分を修復・再生しようとすると、そこの細胞は無限に増殖してしまう。癌というのはそういうものではないですかね。
 岡田  それと多田さんにお聞きしたいのは「オンコジーン」(癌遺伝子)なるものについてです。1980年代に大いに話題になりましたね。この癌遺伝子なるものの研究は、癌という病気を理解するためということはわかるんですが、治療するためという意味では、貢献するんでしょうか?
 多田  癌遺伝子がどこから来た、どう働いてどう細胞の増殖を起こすのか、そのへんのところまでは解明される成り行きだと思うんです。しかしそんなことが分かったからと言って、癌の予防や治療にはつながらないわけです。だって、癌遺伝子はすでに患者さんの全身の細胞に組み込まれてしまっているのですから。遺伝子治療などといっても、そのレベルで応用できるわけではまったくありませんから。
 岡田  そうですね、遺伝子治療が応用できる部分的器官の問題じゃないですね。
 多田  何千年か何万年かかかって、一個ずつ癌遺伝子を消していくことはできるかもしれませんが、直接ひとりの人間について癌遺伝子の働きを消してしまうことはできませんからね。したがって癌遺伝子が解明され、癌の発生や増殖のメカニズムの一部がわかったと仮定しても、医者がやるべきことは何も変わらないでしょうね。
 と言いますのも、京大ウィルス研究所にいらした日沼先生がおっしゃっていたことですが、癌遺伝子はDNAそのものなんですね。詳しいことは省略しますが、癌遺伝子RNAを相補するDNAが正常細胞DNAの中に組み込まれているんですね。日沼先生いわく、癌を起こすRNAウィルが初めに見つかったら、それと似たものが、ふつうの細胞の中にもあったということです。それで細胞性癌遺伝子という名前になったということです。このオンコジーン(細胞性癌遺伝子)はふだんはDNAとして正常な機能を持っているわけですが、いったん変異を起こすと直ちに悪性のがんをつくるようになるんです。ぱっと機能が変化するんです。当分の間、医者や生物学者にはどうしようもない問題ではないでしょうか。