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多田富雄 『生命へのまなざし』(青土社)1/3 vs中村雄二郎(明治大学名誉教授・哲学)

 自己の成り立ち、免疫、場、物語といった魅力的なテーマを、立花隆、中村雄二郎、養老孟司岡田節人日沼頼夫、木崎さと子、月尾嘉男河合隼雄石坂公成といった医学、生理学から生命誌、哲学、歴史学、都市工学まで各分野の超一流の人とじっくりと話し合った対談集である。
 脳と免疫のアナロジー
 p81−6
 多田  免疫系というのは、もともと造血幹細胞という単一の原始的な細胞が分裂したりして組織化されて行くシステムです。その一個の細胞、つまり幹細胞がそれぞれの「場」あるいはフィールドに応じてT細胞になったりB細胞になったりと、分化して行きます。そしてやがて複雑で精巧なシステム形成するわけなのですが、そのやり方は、あらかじめ青写真があってそれにしたがって形成されるのではありません。臓器の発生と同じく、ごく大雑把なマスタープランはあったにしても、基本的には偶然をもとにして近隣の「場」とのやり取りを行いながら確率論的にやって行くのですね。つまり、まったく自分が置かれた「場」の状況に応じて、なんにでも変幻自在に分化して行くことができる。
 中村  そういう点で、免疫の問題というのはおそらくいろいろな隣接領域と「場」の関係があるだろうと思うんです。免疫の「自己」「非自己」というのは人間の個体の「自己」「非自己」とはすぐには結ばれないにしても、やはり当然無関係ではないはずです。素人の私たちは当然こういう現代の免疫学の成果をいろいろとシンボリックにかつ勝手に読み取るわけですが、しかし専門のご研究をなさっている立場としては、そのへんどうですか?
 多田  あんまり安易にアナロジーで考えてはいけないと思いますが、それでもいくつか思い当たることはあります。・・・・・たとえば免疫学的な「自己」というのを調べていくに従って、その「自己」は決して非常に強固なものではなくて、実際はその中にいろいろな危ういものを取り込んでいるのがわかるんですね。
 一般的に免疫の成立を考える場合、「自己」と反応するような危険な因子は前もって排除しておいて、「自己」以外のあらゆるものと反応できる細胞だけを利用しているというのがオーソドックスな考え方ですが、よくよく調べてみますと「自己」と反応するようなものが必ず残っているのですね。それで、ときには条件次第でそれを上手に利用していますし、「自己」のシステムを維持して、たとえば切り傷を自分で治すときなどのために温存しているのですね。
 中村  そういう話をうかがうと、いっそう免疫学でいう「自己」と「非自己」の関係の含蓄が深くなって、身につまされますね。つまり人間のレベルで考えて、個体とか精神とかについて考えても十分あり得ること、あるいは現にあるけれども、ふつうは気がつかないことが続々出てくる思いがします・・・・・。
 多田  免疫系には確かに脳機能と非常によく似ているところがあって、外界を認識する、それに反応する、さらに、寛容になったり麻痺したり、いろいろ面白いアナロジーがるわけです。
 実際に生物が利用しているプリンシプルというのか、そういうものはたくさんあるわけではないらしくて、いろいろな組織や器官でどうも似たようなものを使っているらしいんですね。最近になっても、免疫系で分かったのと同じように、脳神経系でもインターロイキン様の物質が情報伝達物質として働いていることが解明されました。
 インターロイキンというのは免疫系で非常に重要な役割を果たすサイトカインという一連の物質の一つです。これは立花隆さんともお話したことですが(p41)、例えば扁桃腺が腫れますと熱が出ますね。あれはインターロイキン1が脳の発熱中枢に働いて熱を出させているんです。身体に熱が出るというのは基本的にインターロイキン1のせいでして、運動をすると熱が出て汗をかきますが、それもおそらくインターロイキン1が作られるためだろうと考えられています。
 中村  すると、インターロイキン1は免疫系、脳神経系、内分泌系のすべてに働く伝達物質ということに・・・・・。
 多田  だから、免疫系と脳神経系の仕組みは単純なアナロジーではなかったということに、私たちの学会も気がついたわけです。