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『江分利満氏の優雅な生活』 ちくま文庫

 書名は、迂闊なことながら「えぶりみつる氏の優雅な生活」と読むんだと思っていた。ところがまったく違って「Every Man氏の・・・」と読むのだった。著者の山口瞳サントリー宣伝部で『洋酒天国』編集長だったから、派手な大企業宣伝部での仕事内容も交えた、調子のいい作品だと思っていた。

 ところが江分利満がEvery Manとなると話はまったく変わる。Every Manは「すべての日本人一人一人という意味だからだ。解説で秋山駿が言っているように、この江分利満とは今日を生きる黙々たるサラリーマンの大群のことだろう。サラリーマンの大群の皆々が優雅な生活を送ることができるわけがない。たまたまの仕事がうまくいって運よくのし上がるものあり、同僚に讒訴されて零落するものあり、奥さんとずっと仲良くできるものあり、浮気に失敗して安酒に身を沈めるものあり・・・。

 秋山氏はこの山口瞳を当代きっての風俗画家であるという。この作品を「単純率直な線と小量のパステル使って描かれたデッサンであるという。一流のデッサンなのだからその線描は正確であり軽妙であって、見る(読む)者は、描かれた世界のものや出来事全部がすぐ自分の近くに実在するものであるように感じられるというわけだ。

 「優雅な生活」の「優雅」はただの反語だろう。山谷、釜ヶ崎の「優雅な生活」と書く場合のように。