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獅子文六『箱根山』ちくま文庫

 箱根温泉郷の二大老舗旅館である玉屋と若松屋は、もともとは一つの経営体であったのが、いまは何かにつけて相争うライバルの仲。片方の玉屋側には、旧ドイツ軍下士官フリッツと部屋係女中の間に生まれた勝又オットー(乙夫)という17歳の優秀な若番頭が育ち、もう一方の若松屋には、初めは旅館経営にはまるで関心がなかった明日子という美貌の16歳の娘が成長している。もともと二人はただの幼馴染だったのが、学業抜群の乙夫が明日子の勉強を見てやっているうちに、二人はごく自然に相手のことを好きになる。

 こんな中で、二人の周辺では、玉屋がもう一つの泉源を掘ろうと難航しているうちに本館に火災が起き、経営が傾いてしまう。しかし女主人・里(さと)に幼少期から育ててもらった恩義を肌で感じている乙夫は、地元鉄道会社などに資金援助を仰ぎなどしながら現代風の「箱根自然遊歩道」の計画を立て、玉屋の地位向上を図りながら、この大計画をライバルである若松屋にも持ちかける。若い二人ならではの、老人経営者には無理な「ディスカバー・ジャパン」の前駆体のような空前の旅行ブームを実現しようとするのである。

 その後、玉屋の第2泉源発掘が奇跡的に成功し、玉屋は経営を立て直しす。若い二人の雄大な企画は2人が10年後に結婚し、大きなレジャー産業体を発足させるることを匂わせて、とりあえずこの小説はおわる・・。エンタメ小説としては良品の部類だ。さすが漱石の弟子であることを自負した獅子の作品ではある。