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岩井克人 『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)

 2003年という日本経済のどん底のときに書かれた本である。現役のサラリーマン・サラリーウーマンやこれから就職しようとする学生のために、「会社とは何なのか」、「会社は誰のものか」ということが、非常に切れ味鋭く論旨明快に書かれている。
 まえがきにあるように、アメリカを絶対盟主とするグローバル経済にあって、アメリカ型のコーポレート・ガバナンス制度はまさにグローバルスタンダードの地位を確立してしまった。著者岩井克人はこの本の中であえて異論を唱え、会社は経営委員会や経営者だけのものではない、形だけ立派なコーポレート・ガバナンス体制こそが従業員のモラル低下をもたらし、会社そのものを疲弊させる元凶になっていると指摘する。
 この指摘の傍証となったのが、以下に紹介する超大企業エンロン倒産時の金まみれスキャンダルである。もちろんこの、形だけ立派なコーポレート・ガバナンス体制こそが従業員のモラル低下をもたらしていることは、東京電力NHKの例を見るまでもなく、日本でも周知の事実だ。

 p93−5
 2001年12月、エンロンという会社がそれまでの記録を塗り替える大型倒産をしました。金融デリバティブの手法をエネルギー取引に応用して、アメリカで7番目の大きい会社にまでなったエネルギー商社でした。取締役会にスタンフォード大学教授をはじめ多数の社外取締役を招き、有名会計事務所に財務監査を委託していたその経営監視体制は、アメリカ型のコーポレート・ガバナンスの模範とまで言われていた会社です。
 ところがこのような監視体制にもかかわらず、エンロンの経営者は会社の利益を膨らます大規模な粉飾決算を行って株価を吊り上げ、巨額のボーナスを受け取っていました。そして不正が発覚しそうになると、会計事務所と共謀して証拠書類を隠滅してしまったのです。さらに彼らは、不正が公になる寸前まで従業員には年金を自社株で運用するよう薦める一方、自分たちが持っていた自社株のほうは売り逃げていたのです。それによって創業者のレイ氏などは144億円!もの利益を得ていたのに対し、従業員の多くは職を失っただけでなく株券で蓄えてきた年金も失ってしまいました。粉飾された利益情報を信じていた多くの一般株主の手元には、紙くずとなった株券だけが残りました。

 頭のいい悪党だけが儲かるアメリカ型コーポレート・ガバナンス

 このエンロン事件が引き金となって株式市場は動揺し、ドル安が進み、世界同時不況がささやかれ始めました。なぜこのようなことになったのでしょうか?
 それは、アメリカ型のコーポレート・ガバナンス制度が本質的に矛盾した制度だからです。アメリカ型のコーポレート・ガバナンス制度は経営者を倫理性から解放した制度です。上品な言い方をやめれば、頭の回転の速い悪党が経営者になれば、そのコーポレーション(株式会社)は確実に破滅に導かれる制度なのです。
 アメリカ型のコーポレート・ガバナンスをとらない古典的企業の場合は、経営者はオーナーの代理人です。オーナーは、自らの意思で経営者と契約を結んでいます。契約の中に何を入れようと、それはオーナーの勝手です。経営者のやる気を引き出すためには、企業の利潤と経営者の報酬を連動させる制度にしてもいいでしょう。それで企業の利潤が上がらなければ、経営者もボーナスが減りますがオーナー個人も損をします。社会的に公平です。
 ところが、アメリカ型のコーポレート・ガバナンス制度では事情が全く変わります。会社の経営者は、株主の代理人などではなく、会社の代表機関であるのです。会社が結ぶどのような契約も経営者を通してしか結べません。会社と経営者のあいだの契約は、したがって必然的に、経営者の自己契約になってしまうのです。もし経営者が自己利益の追求のみを考えているならば、いくらでも自分に都合のいい契約書を作成することが可能なのです。もちろん、すべての経営者が倫理的であるわけではありません。
 アメリカ型のコーポレート・ガバナンスにおいては、経営者はアダム・スミスのいう「自由放任経済下での自己愛」を発揮することを奨励されているのです。その経営者に国家法律で大量の株式オプションを与えてしまうこと――それはまさに不正行為への招待状以外の何ものでもありません。