アクセス数:アクセスカウンター

山本義隆 「磁力と重力の発見」1/7(みすず書房)

 あの山本義隆が今年七一歳になっているとは知らなかった。
 物理学の鍵概念である「力の遠隔作用」が、ギリシャ以来どのように「発見」されてきたかを丁寧に説く浩瀚な書である。何であれ「発見」は、あるとき突然なされ、一直線で「真実」となるものではない。時代を併走する空想、信仰、思い込みが、牽強付会にも似た思弁によってその発見を「理論」化し、他方でまったく別人の実際経験がその理論に取り込まれて、理論の枠組を少しずつ変化させてゆく。こうした際の西欧人の「論理」の力は圧倒的である。この論理の力こそが近代数学を生み、近代数学こそが近代物理学を生み出した。
 第一部は当然ながら古代人独特のア・プリオリの思弁や理神論を数多く引用していて、かなり読みづらい。読みやすくなるのは第二巻の半ば、ルネサンス以降からである。山本義隆の読書量と把握力の確かさに圧倒される。文学の造詣、翻訳の技量も相当なものがある。

 p2
 ギリシアの二千年後、一七世紀に空間を隔てて働く万有引力にゆきつき、一九世紀に場が発見されて力は場に還元され、そして二○世紀の量子の発見をへて今日にいたっている。一六〇九年にケプラーが予感した太陽が惑星に及ぼす力の観念は、磁力からの連想だった。
 磁気学の始まり――古代ギリシア
 p35
 「火・水・土・空気(エネルギー・液体・固体・気体)の根源粒子に対するプラトンの正多面体理論は、素粒子の世界は三次元特殊ユニタリー変換(SU(3))にかんする対象性を有し、素粒子はSU(3)群の既約表現で分類され記述されるという現代物理学の理論と、その根本思想においてそう遠くにあるわけではない」(らしい。山本義隆が何を言っているのか私にはちんぷんかんぷんだが。)
 p9
 ローマ人たちはいかなる芸術的形式も創案せず、独創的な哲学体系も築かず、また科学的発見をすることもなく、ただ立派な道路を作り、体系的な法律を編み、能率のよい軍隊を育てた(バートランドラッセル)。そういう意味では現代アメリカとほぼ同じであるのだが。
 ローマ帝国の時代
 p127
 紀元前二世紀、ギリシャがローマに征服される前の騒然たる半世紀のあいだに、占星術と、ある種の動物、植物、宝石に中に秘密の力が内在しているという、民衆の間の原始的信仰や迷信的教説が広まった。その傾向は、ギリシャのような一握りの哲学者群をも生み出さなかったローマ社会で輪をかけて強められ、教養人にまで浸透していった。そして帝国版図のなかでオリエント世界と融合し、とりわけエジプト文明と接するとともに、磁石をめぐる魔術的な伝承が知識階層にまで共有されるようになった。
 その後のキリスト教中世における磁石と磁力に対する姿勢、ひいては自然力一般の理解の原型は、この紀元前後のローマにおいて形成された。ヨーロッパでは、ローマから中世を通して、プリニウスにおいて典型的なように、まじめな理論と馬鹿げた逸話、合理的な思想と根拠のない意見を区別することができなかった。シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』が言うように、<ヨーロッパ=サイエンスと神話の混淆世界>は、第一次世界大戦が終了してもまだしばらく続いた。
 中世キリスト教世界
 p142−4
 ヨーロッパ中世とは、地中海世界から北部内陸に支配力を強めてゆくキリスト教に対して、その理論とはいっさい無関係に、さまざまな自然物やシンボルに対する異教信仰が長期間にわたって静かに、それ自体の固有の生命を保ち続けた時代でもある。