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福岡伸一 『新版 動的平衡』(小学館新書)1/3

 人は、たとえば70歳になったとき、10歳のときよりは1年が短くなったと思わないだろうか。小学生のとき私は「6年間とは何て長いものか」と3、4年生のときも、小学校を卒業した後も感じたが、70歳になったいま、これからの6年くらいは数えるうちに過ぎることを体で感じることができる。
 著者は、この年齢による時間の感じ方を、それはタンパク質の新陳代謝速度に関連するものだと、とても分かりやすく教えてくれる。

 タンパク質の新陳代謝速度が体内時計の実体

 p46-7 

 私たちの体内時計の仕組みは、タンパク質の新陳代謝速度に起因する。生物の体内時計の正確な分子メカニズムはいまだ完全には解明されていない。しかし、細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過は、すべてタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることが分かっている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が体内時計の秒針なのである。

 もう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなるということである。つまり体内時計は徐々にゆっくり回ることになる。
 しかし、私たちはずっと同じように生き続けている。そして私たちの内発的な感覚はきわめて主観的なものであるために、自己の体内時計の運針が徐々に遅くなっているのに気がつかない。
 だから完全に外界から遮断され、自己の体内時計だけで「一年」を計ったとすれば、「もうそろそろ一年が経ったなあ」と思えるに足るほど体内時計が回転するには、より長い物理的時間がかかることになる。子供時代の時計よりも老人の時計の方がゆっくりとしか回らないのだから、そういうことになる。

 さて、ここから先がさらに重要なポイントである。タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつも同じスピードで過ぎていく。

 だから? だからこそ、自分ではまだ一年なんて経っているとは全然思えない、自分としては半年くらいが経過したかなーと思っている。しかしそのときは、すでに実際の一年が過ぎ去ってしまっているのだ。そして私たちは愕然とすることになるのである。
 先日私は市役所からの通知で「あなたは来月から医療保険の自己負担が3割から2割になりますよ」と教えられて、そのことを実感したのだった。