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香原志勢 『人体に秘められた動物』

 足、脚、寝姿の姿勢の多様さ、眼、口、顔・・・、人間の身体の各部の形態を捉えて、それが魚類以降どういう変遷を遂げ、いまの人間という動物ができあがってきたのか、その変遷にはどんな淘汰圧がかかって今の形に落ち着いたのか、などが巧みな文章でつづられている。もちろん話は形態の進化の痕跡や解剖学的分析だけにとどまらず、「視る器官と視られる器官としての眼」など人間――文化を持つ動物の生物学的基礎にかかわる論考も読みどころが多い。1982年以来、ほぼ40年ぶりに再読した良書。

 第9章「自己と自己表現の生物学」(p160)に、体毛が濃く発生する場所についての次のような論考がある。

「人間の場合顔面部がもっとも人の目を引くところとなっており、また、そこは、感覚器を集めるとともに、表現器官ともなっている。人格の多くが顔面に発現されているといってもかまわない。顔面こそ内なる自己と密接に結びついているところである。人間の場合、個人性がもっともあらわれやすく、またそれを認識する手立てとなる体部分は顔であることは言うまでもないであろう。(だから顔に顎ひげ、頬ひげ、口ひげ等の体毛が生えるにまかせ、人格をより目立たせようとするのはごく自然なことである。)

 一方、頭部の極の反対側にある生殖器は、人間ではどうであろうか。今では人間は衣服を着用してしまったため論ずるのが難しいが、じつは身体中で顔面部に次いで入り組んだ外形構造を持っているのは陰部なのである。男性の場合の陰茎、陰嚢はその背方の肛門とともに小部分に局在して入り組んでいる。女性の場合は、男性のような突出はないが、陰核、尿道口、膣、大小陰唇があり、それが両股の間に隠れている。男女ともに、陰部の周辺には陰毛があるということは、(衣服が発明され視覚的に隠された以降の社会でも、それらがあることを知った少年・少女期以降の人間には)視覚的にも表現的な部分であるというべきであろう。