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宇佐美まこと 『少女たちは夜歩く』

 愛媛県松山市には、街の中心部に元領主・蒲生氏の居城が残っている。標高132メートルの土地に三層の天守を持ち、高層ビルの少ない地方都市のどこからでもこの城山を見ることができる。この城山のなかで、もしくは周辺の住宅地域で起きる怪異な出来事を十篇の連作短編小説にまとめたのが本書。 

 僕は怪談小説のというのがあまり好きではないが、同じ人物や小動物を何度も、少しずつ役柄を変えて登場させ、真昼の現世では体験できない特異現象のタペストリーを一篇ずつ織りあげていく作者の力量には、ただ脱帽するだけだった。城山という《青い夜露に濡れた甘い匂いの土の国》のなかで、微妙に濃度と深みを変えながら。

 例えば、『夜のトロイ』という作品には、城山のふもとにある小学校の生徒で、蒲生家の血をひく摩耶という女の子が出てくる。その摩耶は絵画に抜きんでた才能を持っているのだが、古い大きな家に住む彼女は、自宅の裏庭から城山の上のほうに、誰も知らない壊れかけの道が縦横に走っていることを知っている。以下はこの短編の語り手「わたし」と摩耶の会話。

 「そこであたし摩耶は少し暗くなった夕方に、あのトロイに出遭ったの。昼に見かけることはないわ」「トロイってどんな動物?」「大きさは小さめの猫ほど。グレー地に黒い縞模様がある。短い前足にある指は三本で、ものがつかめるように二本と一本に分かれている。それぞれの指には鋭い鉤爪があるの。一番特徴のあるのは、発達した門歯で、とても鋭く尖った針のような二本の牙が上顎から長く伸びているの」

 「何を食べて生きてるの?」「なんでも。虫でもカエルでも、腐った肉でも。あの針のような牙で獲物の首の後ろを咬むの。咬まれた方は、最初はなんということもないのよ。ただあの牙の痕が二つ、ポツン、ポツンと赤くなってるだけ。でも四、五日経つとね、すごく高い熱が出て、そうなるとどんなお医者様でも手の施しようがなくなるの。」「それでどうなるの?」「もう、死ぬだけ」

 「摩耶ちゃんは、それで怖くはないの?夕方の道で出遭っても」「トロイがあたしに悪いことをすることはないわ。でもおばあちゃんのお金を狙って、おばあちゃんの食事によくないものを入れようと企んでる人には、トロイが怒るかもしれないわ。そういう邪悪な心を持つ人は、夕方の山道でトロイと出遭わない方がいい」