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池澤夏樹 双頭の船 新潮文庫

 11年3月11日の震災後。被災地で実際あったかどうかはわからない出来事を描いた半ユートピア?小説。 

 地震の後、ある港に数百トンのフェリーがほぼ無傷で残った。そのなかに数十戸の、陸地に作ったミニ仮設より少しはましな仮設住宅が作られ、人々が震災前の仕事をしながら暮らしを戻し始める。 

 そのうちに、このフェリーを使って大洋に乗り出し、世界の好きなところに出て自由な暮らしを始めようという人たちが何家族か、少数派だが出てくる。もちろん多数派は、このフェリー住宅を出て元の陸地に戸建て住宅を建て、以前の生活を完全復旧させようとする、資金も少しはある堅実な人たち。

 この二つの派には一人ずつ頭目がいて、じっくりと議論を繰り返す。だから「双頭の船」。「自由航路主義」の船はいったん港を出て新天地を目指すのだが、最後には港に戻り「陸地化」することで物語は完結する。多くの議論も含めて、漂いに漂う人たちがしっかり陸地に根を下ろすことで、自由への「神話」は円満な形で閉じられる。吉村萬壱の「ボラード病」にあった、震災被災地のディストピアなどは一切語られないが、池澤が時々書く(この場合は改造フェリーを使った)波乱万丈の海洋スペクタクルでもない。