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2011-01-01から1年間の記事一覧

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 3

下巻p23・34 「夫の映画の仕事にようやくお金を出す気になったのね?・・・・あなたが来るのはべつにいいけど、お金を待たされるのはもううんざりなの」。わたしの婚約式の直後に結婚していたフュスンからこのような暴言を聞いて、平気な顔でいろというのは…

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 2

p168 婚約式の会場で、婚約相手のスィベルは、自らが思い描き計画していた“幸福な人生”がいままさに実現しつつあるので有頂天だった。まるで体の皺の一つ一つに至るまでが、ドレスにあしらわれた真珠や襞や結び目の計算しつくされた美しさに、完璧に見合う…

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 1

最初は奇妙なタイトルだと思った。結婚を目前に控えた(『雪』のKaに似た)主人公ケマルが、遠縁の十八歳の(これも『雪』のイペッキに似た)フュスンとふとしたことから情交を重ねる。物語の前半部のケマルは「愛を育もうとする危険な領域には過度に足を踏…

ゲーテ 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 2

「混濁した世界の中から明澄な意識を積み上げるべく修行する」主人公ヴィルヘルムは、作中の「蓮っ葉女」に哂われているように、「どんな人間にしようかと会議をしている神々の議論でつくられた」ような面白みのない男である。未熟な苦瓜のように固く、生身…

ゲーテ 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 1

十八世紀末、ナポレオンより二十歳年長の大天才の悠揚感が十分に伝わってくる。ドイツ統一に向けて小さな公国の戦争が増え始め、近代を作り出すナポレオンの革命は目前に迫るが、その意味を感知できるはずもないドイツ貴族制はまだ十分に安泰だった。 大貴族…

ヤロスラフ・ハシェク 「兵士シュヴェイクの冒険」 2

オーストリア・ハンガリー帝国内では、例えばチェコの兵卒はハンガリー人やセルビア人に対して、女子供を銃剣で串刺しするようなことをやっている。街中でもハンガリー人やセルビア人を見つければ喧嘩を吹っかけ殴り殺してしまう。話の舞台である第一次大戦中…

ヤロスラフ・ハシェク 「兵士シュヴェイクの冒険」1

おととし暮れ、何かの本で高い評判があったので買ったのだが、間違いなく傑作。全ページにわたって、オーストリア=ハプスブルク帝国の権力とそれに小突き回されるチェコ民衆の両方にたいする悪罵、皮肉、からかい、デタラメ、、とんちんかん、面白半分の真…

オルハン・パムク 「わたしの名は紅」2

p335 すべての馬は偉大なアラーの手によって、一頭ずつ違うものとして創られたのに、細密画師たちはどうして想像の中の同じ馬だけを描くのでしょう。一頭の馬のすばらしさはその形や曲線のすばらしさなのです。それを、盲目の細密画師がそらんじて描けると…

オルハン・パムク 「わたしの名は紅」1

西洋絵画の遠近法を取り入れることをめぐる、十六世紀トルコの宮廷細密画師たちの暗闘の話。密告と中傷と惨い殺人劇に肌が粟立つ。欠陥を見出せないストーリー、大小の挿話を鈍く深く光らせながら衒学に陥らない作者の驚くべき博識・・・『紅』はパムクが描…

TVから 「ベビーフェースの警視庁公安部長」

去年の三月末、元警察庁長官が銃撃された事件の公訴時効が成立したことを受け、警視庁公安部が「オウム真理教のテロ」とする捜査結果を発表していた。犯人を特定できていないのに、なぜ教団の犯行と発表できたのか。喧嘩に負けた金持ちの子供のような公安部…

オルハン・パムク 「父のトランク」(ノーベル賞受賞講演)

p14 小説を書くことは針で井戸を掘ることに似ています。自分の人生を、他人の話として徐々に語ることができること、この語る力を自分の中で感じることができるためには、作家は机の前で何年もこの芸術に必要な職人技に根気強く専心して、一種の楽観主義(希…

コンラッド 「闇の奥」

大仰な言い回しと、望遠鏡で顔色を読むような抽象的心理描写の羅列と、素人でも考えつく初歩的な独白体による物語展開の退屈さと。独白体にしてはやたら難しい単語が連続するが、象牙海岸で初めて黒人に出会い、黒人が同じ人類であることの恐怖を北ヨーロッ…

クレア・キップス 「ある小さなスズメの記録」

生まれつきハンディキャップを持った小さなスズメの十二年の生涯の、心を打つ物語である。自分の世界を生きるスズメが淡々と叙述され、著者の強い思い入れはよくコントロールされていて、読者のセンチメンタリズムを誘おうとする嫌味がない。スズメが何を好…

冲方丁(うぶかたとう) 「天地明察」

星星の軌道計算による精密暦法の確立の話。養老孟司が毎日新聞の書評で絶賛していたから買った。 確かに「ライトノベル」。世間への興味を失って、こんな言葉があることすら知らなかった。冲方はコンピュータゲームの開発者らしいがなるほどと思わせる陳腐な…

夏目漱石 「門」

作品史には詳しくないが、平凡な出来。「山門を開けて入れる人ではなく、また門を通らないで、その前をただ行過ぎる人でもなかった。要するに、門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった(巻末p281)」主人公・宗助はいかにも煮えきらず…

夏目漱石 「倫敦塔」「幻影の盾」 

倫敦塔 ロンドン塔にはイングランド王とスコットランド王の親戚同士の殺し合いなど、イギリス歴史の暗部が煎じ詰められている。その悲惨な物語が、漱石が数少ない真率な敬意を捧げていたシェイクスピア劇を織り交ぜながら、半小説風に紹介されている。 新潟…

夏目漱石 「一夜」「趣味の遺伝」

「一夜」 二人の男と一人の美しい女が旅館か料亭の一室で、何か妖しい話をする妖しい掌編である。漱石が自分で云っている。「なぜ三人が落ち合った?それは知らぬ。なぜ三人とも一時に寝た?三人とも一時に眠くなったからである。三人の事件がなぜ発展せぬ?…

マックス・ウェーバー 「世界宗教の経済倫理 序説」

p121 幸福な者は、自分が幸福であることを正当化する理由が必要である。かれは、幸福であるに値すること、特に他の人々に比べて値するものである、という確証を求めようとする。またかれは、自分より幸福であってほしくない者が自分と同じ幸福を持っていな…

マックス・ウェーバー 「宗教的現世拒否の段階と方向の理論」

p159 合理的なるもの――知的・理論的ないし実際的・倫理的態度決定に際して、論理的または目的論的な「一貫性」を持っているもの。推論の道筋が「一貫性」を持っていることだけが問われるのであって、推論の前提にアプリオリなことがらが措定されているかど…

マックス・ウェーバー 「宗教社会学論文集 序言」

p73 営利衝動や利潤追求の努力は、給仕、医者から賭博者、売春婦までいたるところにあるし、資本主義とは全く関係がない。掠奪利潤に近い、放縦極まりない営利欲はいかなる意味においても資本主義とは同じものではないし、いわんやその「精神」では全くない…

TVから 「ファーブル昆虫記」

ファーブル『昆虫記』に、獲物を仮死状態に置いたまま長時間巣穴に保存し、その上に卵を産んで、孵化した幼虫にその仮死状態の(つまり肉が新鮮なままの)獲物を食べさせる「狩りバチ」のことが載っているらしい。親バチは狩りのとき、獲物の運動神経が一箇…

井筒俊彦 「哲学の崩落と崩落の崩落」

p185 「創造」が深刻なアポリアをはらむということ。 「創造」とはある特定の時の一点において世界が存在し始める、それまで「無」であった世界が「有」に転換するということである。「創造」をよそにしては、ユダヤ、アラブのセム一神教は宗教的にも哲学的…

谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」

p35 もし日本座敷をひとつの墨絵にたとえるなら、床の間はもっとも濃い部分である。・・・そこにはこれという特別なしつらえがあるのではない。要するにただ清楚な木材と清楚な壁を以てひとつの凹んだ空間を仕切り、そこへ引き入れられた光線が凹みの此処彼…

TVから 「ポピュリズム」

今のフラット社会が始まったのは昭和五十年だという(NHK『昭和日めくりタイムトラベル』)。私の長男の生まれた年だ。天野祐吉氏によれば、その年TV広告費が新聞広告費を初めて上回った。政治という、ともかくもシステムとしての方向性を持つものへの関心…

ミラン・クンデラ 「存在の耐えがたい軽さ」

p314 なにより軽く、真実なもの=存在の条件としての裏切り なにより重く、貴重なもの=共感 なにより俗悪(キッチュ)なもの=存在との絶対的同意=すべての人びととの兄弟愛=差異を覆いかくす全体主義の天幕 タイトルがいい。ロシアの鉄拳と現代の全体主…

丸山真男 「超国家主義の論理と心理」

p13 ヨーロッパ近代国家は「中性国家」たることにひとつの特色がある。中性国家は真理とか道徳に関して中立的立場をとり、そうした価値判断はもっぱら他の社会的集団(たとえば教会)や個人の良心にゆだねる。国家主権の基礎をかかる価値内容とは無縁な「形…

岩井克人 「憲法九条および皇室典範改正私案」

●憲法九条については、 日本国民は 一、自らの防衛 二、国連の指揮下にある平和維持活動、三、内外の災害救助、 の三つの目的にその活動を限定した軍隊を保持することを世界に明言する。 ●皇室典範については、一、皇族は男女ともに皇位継承の資格を持つ、 …

ハナ・アーレント 「全体主義の起源」第二巻「帝国主義」 6

p216 大陸の政党の不幸は、一階級あるいは一集団の利害を国民全体あるいは全人類の利益とさえ一致すると証明しようとしたことだった。だから「ブルジョアジーの経済的膨張は歴史の進歩そのもの」であったり、プロレタリアートを人類の指導者と呼んだりした…

ハナ・アーレント 「全体主義の起源」第二巻「帝国主義」 5

p183 十九世紀の実証主義的進歩信仰はすべての人間は生まれながらに同等(同権でなく)であり、現実の差異は歴史的・社会的環境によるものにすぎないことを立証しようとした。環境と教育の改変と画一化によって人間を同等にすることは可能であるとした。 同…

ハナ・アーレント 「全体主義の起源」第二巻「帝国主義」 4

p146 帝国主義の支配形式に必要なものは、厳しい規律と高度の訓練と絶対的信頼性を具えた個人からなる有能な参謀本部である。この人々は虚栄や個人的や心から自由であるばかりでなく、業績に自分の名前が結び付けられることを願うことさえ放棄する覚悟がな…