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2015-01-01から1年間の記事一覧

ディック・フランシス 『興奮』(ハヤカワ文庫)

作者ディック・フランシスはもともと騎手だったということだ。それも1953年から1954年のシーズンでイギリスの障害競馬においてリーディングジョッキーになったほどの有名騎手である。1953年から1957年にかけてはエリザベス王太后の専属騎手を務めたらしい。1…

辻原 登 『韃靼の馬』(日経新聞社)

近世中期の一八世紀初頭、徳川家宣、家継、吉宗の頃の歴史活劇小説。2012年の春にナントカ褒章を受けた辻原氏得意の分野だ。 側用人・新井白石が牛耳る江戸幕府と、家宣の将軍襲位を祝う朝鮮通信使のあいだで、国としての格の上下をめぐる名分論が戦わされる…

柄谷行人 『日本近代文学の起源』(岩波現代文庫)

「自意識」というものが日本近代文学の中でいつ現れたのかを知りたくて読んだ。「脱構築」や「エクリチュール」や「シニフィエ」や「シニフィアン」など、前世紀の終わりごろひたすら有難かったが評判は極めて良くなかった単語が何度か出てくる。しかしたと…

高橋源一郎 『ニッポンの小説』

小説って何だろう、小説を書くとはどういうことだろうか、ということを、本音の言葉で、500ページもダラダラと書き連ねた、よく分からない本。日本語口語文章が明治20-30年ごろに生まれたいきさつだけを、分かりやすく教えてもらった。 p33-5 二葉亭四迷…

内田 樹 『おじさん的思考』(角川文庫)

「内面」と近代文学 p201-3 文学史の教えるところでは、「内面」というのは明治文学の輸入品であり、それ以前の日本人の手持ちの概念に「内面」などというものは存在しなかった。 高橋源一郎(や柄谷行人も)が言っていることだが、たとえば次の芭蕉の紀行…

福岡伸一 『遺伝子はダメなあなたを愛してる』(朝日新聞出版)2/2

生物とはすべてのパーツが動的な平衡状態にあるもののこと P151−2 分解不可能 蜂の巣は六角形の規則正しいパターンをしています。合理的な設計に基づいて設計されているように見えます。が、そうではありません。よく見るとどの六角形もどこかいびつで、わず…

福岡伸一 『遺伝子はダメなあなたを愛してる』(朝日新聞出版)1/2

外来コラーゲンが体内に取り入れられる確率は、砂漠に大雨を求めるようなもの P20−3 コラーゲン コラーゲンはタンパク質です。タンパク質は生存のための必須成分です。が、人間は自分に必要なたんたんぱく質をすべて自ら作り出すことができます。というか、…

フィリップ・ボール 『かたち』(早川書房)3/3

生物の「かたち」の多様性は、同じ語彙――生物なら化学物質――を与えられても全く異なる文学が出来上がることに似ている。 p225−6 あのラドヤード・キップリングによれば、シマウマのシマ模様は、実はカモフラージュとして「有用」で、サバンナの中で丈の高い…

フィリップ・ボール 『かたち』(早川書房)2/3

生命現象とは「化学物質の絶え間ない離散集合」のことである。 p159 当然だが、生命はすべて究極的には分子の相互作用から生まれている。その意味で、化学作用は生物発生の根っこにあるものだ。しかし、ネオダーウィニズム――生物のミクロとマクロが混ざり合…

フィリップ・ボール 『かたち』(早川書房)1/3

一つの球形の有精卵から、アリやクラゲやネズミやクジラやヒトの、まったく違う「かたち」はどうして生まれるのか。「どうして」とは、「どのようにして」と「なぜ」という二つの意味においてである。 p27 昔の自然哲学者が自然の中に複雑性を見出したとき…

福岡伸一 『せいめいのはなし』(新潮社)2/2

川上弘美さんと――細胞のコミュニケーション不調ががん発生につながる p71−3 福岡 動物の細胞が正常な組織に分化していくかどうか、その重要なカギを握っているのは発生当初のES細胞同士のコミュニケーションなんです。たとえば細胞同士のコミュニケーショ…

福岡伸一 『せいめいのはなし』(新潮社)1/2

福岡伸一と、内田 樹、川上弘美、朝吹真理子、養老孟司との対談集。相手はいずれも生命を単純な機械論や還元主義では捉えない人たちである。 生命はタンパクという部品の要素と機能が一対一で対応しているのではなく、それらの関係性や統合システムの中でし…

西加奈子 『サラバ!・上下』(小学館)

西加奈子は初めて読んだ。ウィキペディアには、『ぴあ』のライターを経て作家となり、2013年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞を受賞したとある。この『サラバ!』でも主人公は長らくフリーペーパーのライターをして生活費を稼いでいる。西加奈子自身、チ…

ディケンズ 『大いなる遺産』上下(新潮文庫)

知らぬ人ないイギリスの文豪ディケンズの代表作だということと、養老孟司さんのおススメ本リストにもあったということで読んでみた。 『大いなる遺産』の大きなプロットはいたってシンプルなものである。貧しい村の鍛冶屋の少年ピップがひょんなことから莫大…

ミシェル・ウェルベック 『素粒子』(ちくま文庫)2/2

『素粒子』の二人の主人公ブリュノとミシェルは男たらしの母親から生まれた異父兄弟だが、自分たちの子供はおよそつくりそうにない人間である。ブリュノなどは後半で昔の女が子供を産みたいと言い出すが、その彼女は妊娠してすぐに子宮がんが発見されあっけ…

ミシェル・ウェルベック 『素粒子』(ちくま文庫)1/2

「素粒子」というのは小説のタイトルとして変わっているな、と思った。ブックカバーに印刷された150文字ほどの宣伝文にも主人公の一人は分子生物学者で云々、と書かれているだけだったし、素粒子と分子生物学がどこに交叉する部分を持つのか不思議だった…

池田清彦 『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)2/2

普通の人にとって、宗教は馬鹿げていても、科学は真理なのですね p236−7 私たちはだれでも、個別科学のすべての理論に精通することはできません。したがってそれらの理論の当否を自分で判定することはできません。ほとんどの人が自分で当否を判定できない理…

池田清彦 『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)1/2

ここ3、4年、いわゆる「科学者」ほど疑いの目で見られる人びとはいない。 この本は科学というもののどれだけの部分が論理的に精密に出来あがっているのか、逆に言えばどれだけの部分が論理的な破綻を内部に持っているかを書いたもの。あるいは、科学のかな…

辻原 登 『寂しい丘で狩りをする』(講談社)

性的暴力を受けたことのある二人の女性(仮にA子とB子とする)が主人公。二人とも、過去に暴力を受けた男から現在もつけねらわれ、命の危険もある。A子を狙う男は父・兄とも芸術院会員という階級に生まれたプロカメラマン崩れ。B子を狙うのは朝鮮引揚者…

カズオ・イシグロ 『遠い山なみの光』(ハヤカワepi文庫)

いまやノーベル賞候補と言われているカズオ・イシグロは5歳のとき父親の仕事の都合でイギリスにわたってそのままイギリス人になってしまった人である。だから日本語の読み書きはほとんどできないらしい。その「日本語が不自由な日本人」(国籍はイギリス)が…

川村元気 『億男』(マガジンハウス)

作者は何年か前話題になったTVドラマ『電車男』をプロデュースした人。知り合いに、「たまには世間で流行ってるこんな本も読んでみたら」と紹介された。 テーマをひとことで言うと「お金と幸せの関係」。『億男』というギョッとするようなキャッチフレーズ…

吉本隆明 『丸山真男論』(ちくま学芸文庫)2/2

加藤典洋が『解説』に言っていることだが、吉本隆明の書くものは何を言っているのか分からないところがときどき出てくる。私もそう思う。 二つ三つあげてみる。まず、263ページで 「『超国家主義の論理と心理』の唯一の価値は、国家として抽出される幻想の共…

吉本隆明 『丸山真男論』(ちくま学芸文庫)1/2

吉本隆明は1924年、船大工の家に生まれた。庶民の子として、皇国主義教育に骨まで洗脳されながら育った。しかしその庶民の子は、世界がひっくりかえったときには二十歳になっていた。自然科学が好きな少年だったが、自分が受けてきた体制教育の意味を捉えら…

ウィングフィールド 『夜のフロスト』(創元推理文庫)

シリーズとしては3作目。700ページを超す大部。持ち歩くときはかさばるが、作者ウィングフィールドは読者を退屈させるなどと失礼なことはしない。 あいかわらずジャック・フロスト警部は無茶なことを部下たちに言う。「連続老女切り裂き魔のくそ野郎は、現場…

加藤典洋 『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社)2/2

p102 1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の被害額は20兆円だったといわれている。チェルノブイリは一基の原子炉の事故だが、福島第一は四基の事故であり、人的被害を除いた場合これ以上の損害が生じていることは確実である。 単純に、福島第一は四基だか…

加藤典洋 『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社)1/2

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』、東浩紀『動物化するポストモダン』以来、ひさしぶりに中身の濃い思想書を読んだ。毎日新聞は「3.11を踏まえた日本社会論の大力作が出たものだ」という書評を載せた。「人類が永遠に続くのではないとしたら」というタイ…