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高村 薫 『地を這う虫』(文春文庫)

 文庫版で50ページほどの小編を集めた短編集。地を這う虫とは、刑事を自分で退職しながら現在も昔とよく似た仕事をしている男のことである。 

 刑事とよく似た仕事とは、第1篇『愁訴の花』では警備会社の社員研修担当者、第2編『巡り逢う人びと』ではサラ金会社の取り立て担当者、第3篇『父が来た道』では自民党大物代議士の公用車運転手、第4篇の『地を這う虫』では昼は小さな薬品製造会社、夜は倉庫会社の警備員をかけもちして家計を支えている男のこと。

 『巡り逢う人びと』で、主人公は会社側も感心するほどよく働くが、その理由をこう考えている。「借金の取り立てに足を運ぶ日々は、内偵や聞き込み捜査をやっていた日々に実によく似ている。そして現在、違法な強制取り立てを行う社外のその筋の人間と「やりすぎじゃないのか」ときどき争うのは、元のシマで元の顔ぶれとやりあっていたことの繰り返しに過ぎず、いまの債務者を笑顔で脅す顔はまさに、被疑者を締め上げる刑事の目付きとどこが違っているだろう。この5年、自分がサラ金会社の業務に打ち込んだのは、結局それが慣れ親しんだ世界だったからではないか。地を這いずり回って小さな餌を追い詰めようとする、餌よりも少しだけ大きな虫として、居心地がよかったからではないか、