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2012-01-01から1年間の記事一覧

山本義隆 「磁力と重力の発見」(みすず書房)3/7

ニコラウス・クザーヌスの「思弁による地動説」 p312 一五世紀前半、ニコラウス・クザーヌスという枢機卿が宇宙の無限性を主張している。コペルニクスの地動説より百年も前のことである。 彼は、経験や観測事実から導かれたものではない<思弁による地動説>…

ロベルト・カスパー 「リンゴはなぜ木の上になるか」(岩波書店)

俗説では、ニュートンは自宅のリンゴの木から熟したりんごが自然に落ちてくるのをみて、地球とリンゴの間には引っ張り合う力があることを直感したという。わたしたちは子供のときそう教えられ、高校の物理の時間で重力加速度というものを習い、宇宙にそんな…

内田 樹 「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)2/2

「フェミニズム=奪還論」の意味 P59−60 ボーヴォワールが『第二の性』で主張しているのは、平たくいってしまうと、「男の持っているものを女性も持ちたい」ということです。権力と社会的地位と高い賃金。 ぼく・内田はこれをフェミニズム的「奪還論」と呼ん…

武道家の感傷?

これまで数冊の内田樹を読んだが、はじめて強い違和感を覚える一節に出会った。『昭和のエートス』(文春文庫)p100−109の『日本人の社会と心理を知るための古典二○冊』という、新聞か雑誌への寄稿である。私の気に障ったところだけを抜き書きする。 p103 …

内田 樹 「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)1/2

みんな知っていることかもしれないが、内田樹は合気道の達人でもある。ウィキペディアには「(確固として保守的なバックグラウンドも併せ持つ)生活倫理と実感を大切にする、『正しい日本の(インテリ・リベラル)おじさん』」 と紹介されている。 この本は…

E.M.フォースター 「ロンゲスト・ジャーニー」(みすず書房)

登場人物全員が実生活の用にはまったく役立たない、男も女も半分狂ったような人間である。第一部を過ぎても、他人に見えた男二人が片親兄弟かもしれないと告げられただけで、できごとは何も起きない。E.M.フォースターはとても上手な文章と皮肉のよく効いた…

アンドレイ・クルコフ 「ペンギンの憂鬱」(新潮社)

売れない短編小説家ヴィクトルと、餌代に困った動物園から引き取ったペンギンのミーシャ、ミーシャと同じ名前の父親から無理やり預けられた四歳の少女ソーニャ、十七歳のベビーシッター・ニーナが寄り添う不思議な「擬似家族」が描かれる。 ヴィクトルは、短…

山本義隆 「磁力と重力の発見」2/7(みすず書房)

中世社会の転換 / 磁石の指向性の発見 p174 八〜十一世紀、イベリア半島やシチリアを支配下においていたイスラームはキリスト教に寛容だった。キリスト教の教会は信徒たちの指導者としての立場を保てたし、資産も保持できた。ムスリムへのキリスト教布教は…

山本義隆 「磁力と重力の発見」1/7(みすず書房)

あの山本義隆が今年七一歳になっているとは知らなかった。 物理学の鍵概念である「力の遠隔作用」が、ギリシャ以来どのように「発見」されてきたかを丁寧に説く浩瀚な書である。何であれ「発見」は、あるとき突然なされ、一直線で「真実」となるものではない…

内田 樹 「ためらいの倫理学」3(角川文庫)

「矛盾」と書けない大学生 p265-71 三年ほど前、学生のレポートに「精心」という字を見出したときには強い衝撃を受けた。 だが、この文字はまだ「精神」という語の誤字であることが直ちにわかる程度の誤記だった。しかし去年、学生が「無純」と書いてきたと…

内田 樹 「ためらいの倫理学」2(角川文庫)

アンチ・フェミニズム宣言 p143 私は若い頃、素直な心がまだ残っていたので、上野千鶴子やジュリア・クリステヴァの本を少し読んだ。 フェミニストたちは「現代社会において、男性は権力を独占し、女性はその圧制のもとに呻吟している」と書いており、「男性…

内田 樹 「ためらいの倫理学」1(角川文庫)

古だぬきは戦争について語らない p22-4 一九九九年、朝日新聞にアメリカ人作家スーザン・ソンタグと大江健三郎の『未来に向けて』という往復書簡が載った。そのなかでスーザン・ソンタグは戦争に対する進歩派アメリカ知識人の典型的な文章を書いた。 「作家…

司馬遼太郎 「微光の中の宇宙(私の美術観)」(中公文庫)4

須田国太郎 p164 わが国の地理環境は色彩感覚の上で特殊といっていい。空気が素直に太陽の光を透さず、多くの場合、水蒸気が気色の色彩の決定に重要な要因をなしている。ヨーロッパなどの乾燥した地理的環境の国々とはまったく異なるのだ。 須田国太郎の『…

司馬遼太郎 「微光の中の宇宙(私の美術観)」(中公文庫)3

ゴッホ p129 ゴッホは精神病学の研究対象になったし、確かに精神病学はゴッホだけでなく、多くの天才の言動を追跡することによって、天才と狂気の類縁性を見いだしていた。天才にしばしば見られる精神病的傾向の指摘は、なかば常識化されているともいえる。…

木暮太一 「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?」(星海社新書)

日本経済がデフレの蟻地獄に落ち込み、ユニクロでズボンが一○○○円、牛丼チェーンで昼ご飯が二五○円になっている一方で、サラリーマンの給料がずぶずぶと下がり続けている。 この本は日本の“一般的”な働く人の、「世界の中で十分豊かな日本といわれているのに…

司馬遼太郎 「微光の中の宇宙(私の美術観)」(中公文庫)2

空海 p75 われわれは、京都の教王護国寺(東寺)の仏たちを、ただの彫刻と見てさえ、その造形の異様さに、人間の空想力というものはこれほどまで及ぶのかと呆然とする。しかもそれが単に放恣な空想力だけでつくられたものでなく、その内面に緻密な思想があ…

司馬遼太郎 「微光の中の宇宙(私の美術観)」(中公文庫)1

p21 戦前から戦後にかけて、大阪などの油絵の塾は、学校とか塾とかは称せず「洋画研究所」という看板をあげるのがふつうだった。最初そういう看板を見たとき、なにか誇大表示に似た感じを受けた。絵具会社での化学としての研究所ならともかく、油絵の画塾が…

新聞から 森達也 「正義を掲げ追い込んだ先に」

7月26日の朝日新聞「論壇」に、森達也氏の「正義を掲げ追い込んだ先に」という質の高い大きなコラムが載っていた。 大津市のいじめ自殺問題について、3人の「加害」中学生とその家族・親類の名前、顔写真、住所などがネット上に悪意を持ってばら撒かれて…

内田 樹 「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書)3

反ユダヤ主義 p104-5 生来邪悪な人間や過度に利己的な人間だけが反ユダヤ主義者になるというのなら、私たちは気楽である。そんな人間なら簡単にスクリーニングできる。しかし最悪の反ユダヤ主義者はしばしばそうではなかった。むしろ信仰に篤く、博識で、不…

内田 樹 「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書)2

十九世紀的思考法 p85-6 十九世紀の人は、あらゆる事象は因果の糸で緊密に結びついており、その糸を発見することこそが「科学的思考」だと深く思い込んでいた。だから「近代科学主義者」たちは例外なく政治過程を機械のメタファーで考えた。ある政治的「結…

内田 樹 「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書)1

ユダヤ人とは誰のことか? p26 イエスはガリラヤのユダヤ教共同体の内部に育ち、アラム語で布教活動を行った。ガリラヤはユダヤ教にとっては辺縁にあたる地であり、のちに彼は、彼の成功に嫉妬した同業のラビに讒言され、刑死した。福音書はイエスがそのと…

黒岩比佐子 「パンとペン 堺利彦・売文社の闘い」(講談社)2

p224 大逆事件と大阪朝日新聞 一九一一年一月、朝日新聞は判決翌日の社説で、政府発表を鵜呑みにした権力への見事なすりよりを見せている。 「今回二十四人の性行及び経歴を見るに、一も常識を有する人類として数えるべきものにあらず。いずれも社会の失敗…

黒岩比佐子 「パンとペン 堺利彦・売文社の闘い」(講談社)1

一九一○年十二月、いわゆる大逆事件が起きた。幸徳秋水ら二十四人が検挙され、審理は秘密法廷の一審だけで終了し、翌月二十四日に幸徳秋水ら十一人、一人管野スガだけが翌朝絞首刑になった。幸徳秋水、管野スガら四人は当時の法律に照らせば有罪だったが、残…

安部公房 「箱男」(新潮文庫)

いささかお手上げの小説だ。全部がメタファーというのはわかる。この世が生きるに値しない、主人公が世界と親しむ接点も本来はない、ということもその通りである。一枚の段ボールがその断絶の象徴として描かれている。段ボール箱以外に「この世」らしいもの…

安部公房 「鉛の卵」(新潮文庫)

今から80万年後、鉛の卵の形をしたタイムカプセルの中に80万年間冷凍保存された「古代」つまり現代の人間が、80万年後の未来人類の前に突然姿をさらすことになったという話である。 そのとき未来人類は、「市民」と「どれい族」に社会分化しており、「…

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ 「アメリカにいる、きみ」(河出書房新社)

p7 (合衆国の父祖の地であると言う人もいる)最東部メイン州の、白人ばかりが住む小さな町で、アフリカから来たおじさんは近所の人たちから「リスが姿を消しはじめた」と言われたそうだ。近所の人たちは、おじさん達アフリカ人は野生の動物なら何でも食べ…

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ 「半分のぼった黄色い太陽」(河出書房新社)

(本書の主人公であるイボ人たちの)ビアフラ国旗は赤・黒・緑の帯の中央に「半分のぼった黄色い太陽」が輝いている。 ナイジェリアは北部、南西部、南東部(ビアフラ)で民族と言語と社会状態が大きく異なっている。イギリスは自分に都合のいいように、北部…

夏目漱石 「文鳥・夢十夜」(新潮文庫)

思い出すことなど 『文鳥』には、いわゆる修善寺大患ののち、東京の胃腸病院で一応の回復をみてから、修善寺体験の意味が執拗に分析されている。 p216−7 われわれの意識には敷居のような境界線があって、その線の下は暗く、その線の上は明らかであるとは現…

田中慎也 「共喰い」(集英社)

性交渉のとき女を殴ることで自分を興奮に導く父親。その子供である語り手が、高校生になって同じような人間になっていく、という物語である。小さい時からそんな「強烈な」父親を見て育ったのだから、同じような人間になっていくというのは十分わかる話だが…

朝吹真理子 「きことわ」(新潮社)

密度の濃い言葉の連なり。接続詞ひとつをおろそかにしない短文の連なり。わずか百三十頁のみじかい作品なのに、話のつながりはよく分からない。そんなプロットなどは何ごとでもないように、ひとつひとつの言葉が緊密に編まれていく。発生直後の胚細胞が、上…