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2014-01-01から1年間の記事一覧

多田富雄 『寡黙なる巨人』(集英社文庫)

2010年に亡くなった多田富雄氏は01年の5月、左脳動脈の塞栓による脳梗塞に襲われた。右半身の麻痺と嚥下障害、発話障害の重い後遺症が残り、ベッドで寝返りもできなくなった。水や食物を呑みこもうとすれば気管に入ってしまいそうになり、脳に浮かぶ単語はほ…

カーソン 『沈黙の春』(新潮社)2/2

『沈黙の春』から一箇所だけ抜粋する。微生物から人間まで、あらゆる動植物に見られるエネルギーの供給・消費現象を有毒物質がどう阻害するかを述べたところである。生命というものの根幹に致命傷を与える仕組みがとても分かりやすく書かれている。 p261−5 …

カーソン 『沈黙の春』(新潮文庫)1/2

農薬公害問題告発の「古典」と言ってもいい本。著者は、DDTやパラチオン、マラソン、BHCなど塩化炭化水素系、有機リン酸エステル系の農薬を中心とした化学薬品が、50年・100年後の地球上の全生物にとても暗い影を落としていることを多くの実証データに基づい…

養老孟司  『大言論Ⅰ』(新潮文庫)

東大と京大 東大に勤めていたころ、京大の学生に何度か講義をしたことがある。話すのが大変楽だったという覚えがある。私はやや変なことを言うから、官僚になって出世することばかりばかり考えている東大の学生には気を遣った。 東大長男論というのがあった…

大嶋幸範 『美味しんぼ』へのファシストの攻撃

漫画単行本「美味しんぼ」の最新刊に、「福島はしばらく人が住むところじゃなくなってしまった」と、福島原発のある町の前町長が語っている場面があるらしい。晩御飯を食べていたらNHKの夜7時のニュースが報じていた。福島県の現知事が、「被災県民の懸命な…

河合隼雄 『生と死の接点』(岩波現代文庫)2/2

思春期のイニシエーション p272‐3 性器や皮膚に傷をつけられる、髪の毛を引き抜かれる、歯を折られる、話をすることを禁じられる、死んだ人間として扱われる、高い場所から飛び降りることを強制される・・・・・・。これはいじめの描写ではない。臨床心理学…

河合隼雄 『生と死の接点』(岩波現代文庫)1/2

p54−5 心理学でいうライフサイクル、特に成人の発達心理学ということが一般の関心を引くようになったのは、平均寿命が長くなったのと、多くの人が物質的な満足感をそれなりに味わうことが容易になったことが主な理由になっている。 しかしこのことは、現在…

夏目漱石講演集 『社会と自分』(ちくま学芸文庫)2/2

文芸の哲学的基礎 『猫』で(懸命に吠えるチンのくしゃみほどにも、その意見は世間に影響を与えない)珍野苦沙弥という警世家大先生を発明した漱石が、時間とか空間とか厄介極まりないものについて喋り散らしたもの。未来の理学博士「寒月君」として『猫』に…

夏目漱石講演集 『社会と自分』(ちくま学芸文庫)1/2

漱石が、自分がした講演の中でこれと思うものをいくつか自選したものである。漱石を知るのに重要な『現代日本の開化』、『中身と形式』、『文芸と道徳』、『私の個人主義』の四篇は、岩波文庫『漱石文明論集』にも収められている。 ゲラゲラ笑ったところだけ…

村上春樹 河合隼雄  『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(新潮文庫)

7年ほど前になくなった河合隼雄は、文壇や論壇やマスメディアとほとんど関係を持とうとしない村上春樹が例外的に自分をさらけ出して語り合える人だった。それは、二人ともに、自分の周りに「人とモノとコトの物語」を織り上げることでしか、いろいろな人の「…

ジュリアン・グラック  『シルトの岸辺』(岩波文庫)2/2

本国オルセンナの元老院が砦を守る主人公に命令書を送ってくるページがある。旧日本軍や自衛隊の命令書もかくのごときものであ(った)ろうと思わせて笑わせてくれる。 「貴官が独断で行った砦の防衛機能回復工事については、本国政庁としてはかかる措置につ…

ジュリアン・グラック  『シルトの岸辺』(岩波文庫)1/2

文庫で500ページを超す大作。その全ページが「意味伝達」という言葉の一義的な機能を放棄している文体で貫かれている。とはいっても、プルーストよりもわかりやすく、ジョイスなどとは比較を絶して親しみやすい。 ジュリアン・グラックはサルトルの同時代人…

小坂井敏晶 『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)5/5

生命に「意味」はない。再生産を繰り返し、死ぬまで生き続けるだけである。 その存在をどうするかはわれわれの自由にならない。 p282 「外部」がなければ「内部」は存在しない。この単純な理屈から言っても、<純粋な社会>の建設は原理的に不可能である。…

小坂井敏晶 『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)4/5

近代人は、合理的人間なのではなく、「合理化する人間」と考えたほうがいい p132 心理学実験を行う研究者は、被験者に必ず「嫌ならいいですよ、強制する気はありません」と断わる。しかしその実験が、(たとえば焼いたバッタが美味かどうかというような)被…

小坂井敏晶 『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)3/5

支配の真の姿は隠され続けなければならない p108-9 社会現象や制度は、人間が生み出したものであるのに、人間から独立して自立運動する。社会現象は人間どうしの相互関係から生まれるのに、それが総合されて客観的な外力として人間に迫る。 商品・制度・宗…

小坂井敏晶 『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)2/5

虚構が生み出され、信じられてこそ、 無根拠な世界が円滑に機能する p56-66 「民族」という言葉が使用されるときは、その集団に綿々と続くなにかが存在しているという了解がある。民族が連続性を保つための、その「なにか」とは次の三つである。 (1) 個…

小坂井敏晶 『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)1/5

性別・身長・教養・年齢・収入・皮膚の色・・・、 人間だけが「範疇化」できるから差別が生まれる p25 「混血」という言葉があるが、太古の昔から純粋人種などは存在しなかった。純粋人種という言葉の意味がそもそも誤解されている。 家畜の品種と同じよう…

ラマチャンドラン  『脳のなかの幽霊、ふたたび』(角川文庫)

神経内科の症候群は「大量のサンプル分析」では発見できない p9 神経内科の分野では、ある症候群を持つ一、二名の患者を徹底的に調べる「一例研究」というアプローチ法と、多数の患者の症例を統計的に分析するアプローチ法の間に緊張関係があります。 私は…

ジョージ・オーウェル 『カタロニア賛歌』(筑摩叢書)2/2

私たちはスペイン戦争についてほとんど何も知らない。スペイン戦争とはフランコのファシスト党と民主主義をまもろうとする人民戦線の内戦である、人民戦線側にはヨーロッパ各地からの著名な知識人も加わって数年間戦ったが最終的にはフランコに屈した――、と…

ジョージ・オーウェル 『カタロニア賛歌』(筑摩叢書)1/2

1939年、ジョージ・オーウェルは「文明的使命感」に肩を怒らせてフランコ打倒人民戦線に参加した。しかし敵の敵は友であるとは限らないヨーロッパ政治戦争の実態は、生真面目な彼にとってあまりに複雑だった。この作品はその間の、カタロニア人民が弾圧され…

岩井克人 『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)

2003年という日本経済のどん底のときに書かれた本である。現役のサラリーマン・サラリーウーマンやこれから就職しようとする学生のために、「会社とは何なのか」、「会社は誰のものか」ということが、非常に切れ味鋭く論旨明快に書かれている。 まえがきにあ…

井筒俊彦 『コーランを読む』(岩波現代文庫)2/2

イスラームの宗教性を支える「存在の夜」の恐怖 P323-5,332-4 イスラームの宗教性を底辺部分で支えている一種独特の世界感覚なるものを考えてみますと、「存在の夜」という形象が浮かんできます。『コーラン』の奥底のほうには、近代人なんかには想像もつか…

井筒俊彦 『コーランを読む』(岩波現代文庫)1/2

イスラムの聖典『コーラン』を通じて、古典を読むことにともなう「解釈」の問題性と可能性を突き詰めようとした本である。いうまでもなく、井筒俊彦は岩波文庫3巻に『コーラン』を訳出したイスラム学、宗教学の世界的泰斗である。 「日本人にとって『コーラ…

木村敏 「時間と自己」(中公新書)2/2

p123 鬱病親和的な人は、身近な共同体の範囲内では伝統的で保守的な行動様式を示す。彼らは流行の尖端を行く新奇な服を身につけないといわれるが、彼らはまた、時流に逆行してまで古風な服装を身につけることもしないだろう。彼らの自己同一性は、共同体の…

木村敏 「時間と自己」(中公新書)1/2

木村敏は、ウィキペディアによれば、中井久夫、安永浩らとともに、日本の精神病理学研究の第二世代を代表する人である。「ミュンヘン留学中に書かれた処女論文『離人症の現象学』によって木村の仕事はまずヨーロッパで注目を浴びた。その後「あいだ」を軸に…

石牟礼道子  『苦界浄土』(講談社文庫)

有名な本だから、話の大体の筋道はもちろん分かっていた。しかしいざ読み出して数十ページ進んだところで、極めて不適切な言葉ではあるが、「これは半素人の怨み節文学か?」と小さく口に出してしまった。熊本弁の会話体はとてもいいのだが、事件がここに至…

内田 樹 「知に働けば蔵が建つ」(文春文庫)2/2

改憲論 p146 私・内田は憲法九条と自衛隊の併存という「ねじれ」を、「歴史上もっともうまく機能した政治的妥協」のひとつだと考えている。 その「ねじれ」がつづいた戦後六十年間、わが国の兵は一度も海外で人を殺傷することなく、領土が他国軍によって侵…

内田 樹 「知に働けば蔵が建つ」(文春文庫)1/2

ニートの世界は「意味のあること」に満たされていなければならない p31-2 「勉強も仕事も、なんか、やることの意味がよくわからない」と、ニーとは言う。問題は「意味」なのである。 「意味が分からないことはやらない」――これが私たちの時代の「合理的に思…

養老孟司 『超バカの壁』(新潮新書)

●自分探しの結果、「天職」が見つからなくなった 自分固有の魂があって、身体はその魂に「場所」を提供しているだけだというのは西洋的な考え方です。日本の哲学者の書いた本には、調べた限りでは見当たりません。 「自分に合った仕事」を、目にクマを作って…

 養老孟司 『バカの壁』(新潮新書)

10年前、発行と同時に大ベストセラーになり、今年で104刷を数える、誰でも知っている本だ。この本を書店で手に取った人たちは、『バカの壁』という変わった書名は毒舌家の養老先生だから、やれ「個性」だ、「健康」だ、「自然」だと吹いて回るマスメディアや…