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瀬戸川猛資 『夢想の研究』 東京創元社

 1999年にわずか51歳で死んでしまった、丸谷才一言うところの、話の柄がむやみに大きく気宇壮大な論文をサラサラっと楽しそうに書くミステリー評論家にして映画評論家>。瀬戸川猛資はそういう人である。本格的な活字書物は、というのは中に写真やイラストなどをほとんど含まないという意味だが、たぶんこれ一冊だけである。もともとは<ミステリマガジン>に18か月にわたって連載されたもの。

 この本は「想像力」を中核にして、活字メディアと映像メディアの作品を同時に、クロスオーバーさせながら本格的に論じるという、日本ではあまり例を見ないジャンルの作品に仕上がっている。昔から「大人的」想像力を要求してきた活字メディアと、「半分大人」的想像力には強い訴求力をもつ、わずか数十年の歴史しか持たない映像メディア、この二つを同一ページ内で論じれば、これまでの活字メディアによる比較評論では見えてこなかった部分が照らし出されるのではないかと、執筆にあたって考えたそうである。

 本書では、30作ほどの活字作品と、その作品と同じ主題で作られた映画が、1作あたり3~10本紹介され、その作者ないし周辺の映画関係者の、「夢想」ないしは「想像力」が丁寧な分析、評価の俎上にのせられる。文庫で300ページ足らずだが読み応えあり。

 ごく一例ではあるが、日本の映画人には映画の題名なんてどうだっていいと考えている人がいると筆者は言う。

 「彼らはアメリカの小説になぜこれほど頻繁に映画の題名が登場してくるのかを考えたことがあるのだろうか。ついでに言えば、ウィリアム・フォークナージョン・スタインベックスコット・フィッツジェラルドのような大作家が、なぜハリウッドに招かれて脚本やシノプシスを書かされたりするのか、ハリウッド出身のスターがなぜ大統領や大使に選ばれたりするのか、日本の企業がハリウッドの映画会社を買収した際、アメリカのマスコミがなぜ <我々の魂をカネで買った> と大騒ぎしたのかも、よく考えてもらいたいものだと思う。」

 ウィリアム・ワイラー監督の代表作に「われらの生涯の最良の年」がある。これが日本では「人生最良の年」になっていた。これらの映画の題名は、多少の手間をいとわなければ、すぐにも調べがつくものである。映画に関する詳しい知識なんか必要ない。ちょっと文献を探れば、それで済むことだ。

 こういう関係者は、ハリウッドがなぜフォークナーやスタインベックに梗概を書いてもらうほどのことをするのか……映画がアメリカ文化の中心を占めていることを少しは勉強した方がいい。

 最後には活字メディアと映像メディアの詳しい索引がついている。これだけでもありがたい一冊だ。