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夏目漱石 『倫敦塔』

倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたものである。倫敦塔にはいくつかの塔があるが、その中でもボーシャン塔の歴史は倫敦塔の歴史そのものであって、悲惨の歴史そのものである。14世紀の後半にエドワード3世の建立にかかるこのこの3層の塔の1階に入る…

大岡昇平 『武蔵野夫人』(新潮文庫)

『武蔵野夫人』は1949年に『俘虜記』を出した翌年の作品。大岡昇平はフィリピンのミンドロ島で昭和21年1月に米軍の捕虜になった。そのあと捕虜収容所でひどい扱いを受けると思っていた大岡は、「国家間の戦争としては日本は敵であるが、米国は日本人…

丸山真男 『ウェーバー研究の夜明け』(座談集第八巻・vs安藤英二)

p198-9 僕(丸山)は、唯物史観も唯物史観によって説明されなければならないと、昔あなたに言ったことがありますね。なぜ僕がそういうマルクス自身を相対化する目を持ったか、ということになると、むろん生まれながらの懐疑主義者だといえばミもフタない話…

日高敏隆 『僕の生物学講義』(昭和堂)

社会とは何か p114-7 大学生の頃に、ぼくの先生が『現代人間学』という本をみすず書房から出すことになった。その中で社会のことについて書くので、ぼくに「動物の社会・人間の社会ということで一章を書いてくれ」って言われたんです。 でもそもそも「社会…

日高敏隆 『動物という文化』(講談社学術文庫)

クラゲやサンゴ、イソギンチャクといった腔腸動物よりも少し進化が進んだ扁形動物(ゴカイ、サナダムシなど)以上の動物では、発生の途上で中胚葉という組織が生じる。腔腸動物までは皮膚などになる外胚葉と消化器・呼吸器などになる内胚葉の二つだけである…

日高敏隆 『ホモ・サピエンスは反逆する』(朝日文庫)

著名な生物学者日高氏は養老氏とは少し違った意味で話がよく飛ぶ人である。最終ページに近いところに、生物進化のとても面白い話があった。 p253-4 たとえばガマガエルは1万ぐらい卵を産む。親と卵は遺伝的に全部閉じた輪になっているから、卵がかえれば全…

日高敏隆 『生き物の世界への疑問』(朝日文庫)

最終章に近いところで、これまでさんざん侮られてきたラマルクの獲得形質遺伝説と、今や完全に進化論の定説になった突然変異・自然淘汰説は、実は言われているほど違わないのではないかという興味深い考え方が示されている。 p315-6 生物の持つ遺伝的な性質…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『21 Lessons』(河出書房新社)4/4

ベーシックインカム社会にむけて、若い人全員にのしかかるプレッシャ― p340-1 マルクスが1948年に出した『共産党宣言』には「確固たるものもすべて、どこへとも消えてなくなる」と宣言している。もっともマルクスとエンゲルスは、主に社会構造と経済構…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『21 Lessons』(河出書房新社)3/4

p302-13 ホモ・サピエンスは「事実」だけでは満足しないポスト・トゥルースの種である。ホモ・サピエンスの力は事実を超える虚構を作り出し、それを信じることにかかっている。自己強化型の神話は石器時代以来ずっと、人間の共同体を団結させるのに役立って…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『21 Lessons]』(河出書房新社)2/4

AIや生物工学は数十年以内に巨大な「無用者階級」を生み出す。 ベーシックインカムなどの社会実験を本格化しなければならない。 p38 AIが社会に対してこれから何をするかを考えるには、まず雇用市場に目を向けるのが最善かもしれない。世界の研究者たち…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『21 Lessons』(河出書房新社)1/4

著者は『サピエンス全史』、『ホモデウス』と大著2作にわたって、人類の知性はどこまでEvolution=展開を続けるのかを、その「展開」が必ずしも「成長」や「進化」を意味するものではないことに十二分に注意を払いながら、問い続けてきた。Evo…

村上春樹 『インタビュー集 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文春文庫)2/2

<2005年>『夢の中から責任は始まる』 p361-2 文春編集部 地下鉄サリン事件の被害者を丁寧にインタビューしてそれをもとにまとめられた『アンダーグラウンド』で村上さんはこう書かれています。「私たちが今必要としているのは、おそらく新しい方向からや…

村上春樹 『インタビュー集 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文春文庫)1/2

<1997年> 『アウトサイダー』p18-9 僕はポップカルチャーみたいなものに心を惹かれるんです。ローリング・ストーンズ、ドアーズ、デイビッド・リンチ、ミステリー小説。僕はだいたいにおいてエリーティズムというものが好きじゃないんです。ホラー映画も…

村上春樹 『約束された場所で』(文芸春秋)

1995年の地下鉄サリン事件の1年半後、村上春樹はごく普通の市民生活をしている62人の被害者に自ら直接取材した『アンダーグラウンド』という長大なインタビュー本を出している。相手の心情に極めて丁寧に配慮しながら、どんな状況で突然被害にあい、それがど…

村上春樹 『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)

p116 僕たちの寿命と神のいやがらせ 更年期という問題は、いたずらに寿命をのばしすぎた人類への、神からの皮肉な警告(あるいはいやがらせ)に違いないと、さつきはあらためて思った。 つい百年ちょっと前まで人間の平均寿命は五十歳にも達していなかった…

村上春樹 『東京奇譚集』(新潮文庫)

p16-7 人間以外の物事に、人への憎しみはない 僕はオカルト的な事象には関心をほとんど持たない人間である。占いに心を惹かれたこともない。わざわざ占い師に手相を見てもらいに行くくらいなら、自分の頭をしぼって何とか問題を解決しようと思う。決して立…

村上春樹 『職業としての小説家』(新潮文庫)3/3

海外へ積極的に出ていく p314-7 僕の本は、米国とアジア以外の国で、まず火がついたのはロシアと東欧でした。それが徐々に西進し、西欧に移っていきました。1990年代半ばのことです。実に驚くべきことですが、ロシアのベストセラー・リスト10位の半分くら…

村上春樹 『職業としての小説家』(新潮文庫)2/3

小説を書くのはどこまでも個人的でフィジカルな営み p193-6 小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下部に自ら下っていくということです。心の闇の底に下降していくことです。大きな物語を語ろうとすればす…

村上春樹 『回転木馬のデッドヒート』(講談社文庫)

子供がスポイルされるということはどういうことなのか。それを調べる場合、親が普通の職業についている女の子を調査対象にすると、数が大きすぎるので得られる結論は深度が浅く、女性週刊誌の読者アンケート結果みたいなものになりやすい。 そこで村上は「有…

村上春樹 『やがて哀しき外国語』(講談社文庫)

村上春樹は1991年の初めから2年半、ニュージャージー州のプリンストンに住み、プリンストン大学の東洋文学科で、半分研究学生のような半分教員のような生活をしながら、長編小説を書いていたようだ。どの作品か調べればすぐにわかると思うが、それはたぶん『…

村上春樹 『辺境・近境』(新潮文庫)

ノモンハンの鉄の墓場 p167-8 ぼく(村上)が強くこの戦争に惹かれるのは、この戦争の成り立ちがあまりにも日本人的であったからではないだろうか。 もちろん太平洋戦争の成り立ちや経緯だって、大きな意味合いではどうしようもなく日本人的であるのだが、…

村上春樹 『アフターダーク』(講談社文庫)

場所は大都市の片隅。自室でただ眠り続ける美人の姉。ファミレスで本を読んで夜をやり過ごす妹。ラブホテルで中国人の女を襲うごく普通に見える変質者。何年か前、ヤクザを裏切って背中に焼き印を押され、日本中を逃げ回っているラブホテルの従業員。登場人…

プルースト 『失われた時を求めて 13・14 見出された時』(岩波文庫)13/13

第13巻の4分の1ほどで、読む根気がとうとう尽きてしまった。14巻の本文は全く読まず、吉川教授の簡単な「まえがき」と詳細な「あとがき」を斜め読みした。 「まえがき」によれば、本作の大団円となるゲルマント大公邸における午後のパーティ描写から最終巻は…

★プルースト 『失われた時を求めて12 消え去ったアルベルチーヌ』(岩波文庫)12/13

本篇冒頭で、「私」の「囚われの女」だったアルベルチーヌが出奔してしまう。本篇は600ページを超す長大なものだが、その半分以上が不在となった恋人をめぐる「私」の心中の苦悶の描写にあてられている。縺れ合ってほぐせない大きな漁網か、捻転した小腸…

★プルースト 『失われた時を求めて 11 囚われの女2』(岩波文庫)11/13

「私」は、やっとの思いで手に入れて、いまは自分の家に囲っているアルベルチーヌを、じつは少女時代からゴモラ(男も愛せるレズビアン)ではないかと深く深く疑っている。疑いの間接的な証拠は実際にいくつもあるのだが、これでもかこれでもかと読まされる…

★プルースト 『失われた時を求めて 10 囚われの女』(岩波文庫)10/13

バルベックの保養地で見初め、「私」がやっとの思いで手に入れた美しい少女アルベルチーヌ。本巻は、そのアルベルチーヌがバルベックで一瞬そぶりを見せたようにやはりレズビアンなのではないか、あるいは男も悪くないと思ってパリのどこかで会っているので…

★プルースト 『失われた時を求めて 9 ソドムとゴモラⅡ』(岩波文庫)9/13

前の巻に続いて主要登場人物のソドム(男性同性愛)とゴモラ(女性同性愛)が語られる。いま小説で同性愛を書いても何も新鮮味はないが、プルーストの時代では社会の「良識派」が指弾の標的にするスキャンダルであり、貴族であれば表向きの社交界から招待状…

★プルースト 『失われた時を求めて 8 ソドムとゴモラ Ⅰ』(岩波文庫)8/13

長大な『失われた時を求めて』の半分をようやく越えた。読むのはたいへんだが、トルストイ『戦争と平和』と違って読者に対する説教臭さがみじんもないのがありがたい。 『ソドムとゴモラ』はその名の通りソドム(男性同性愛)とゴモラ(女性同性愛)が中心テ…

★プルースト 『失われた時を求めて 7 ゲルマントのほうⅢ』(岩波文庫)7/13

この第7巻は、主人公「私」をめぐる人間関係が前の第6巻とはかなり変わってしまったところから始まる。「私」をあれほどかわいがってくれた祖母が亡くなって数か月がたっており、「私」は祖母を思い出して気がふさぐこともほとんどなくなっている。第1・第2…

★プルースト 『失われた時を求めて 6 ゲルマントのほうⅡ』(岩波文庫)6/13

この巻は全14巻の中で本文380ページほどと特別に「薄く」、外見だけはとっつきやすそうだ。だがそのうち前半の300ページほどは、わずか2、3時間のお茶会で繰り広げられる、「私」をふくめた上流貴族社会のばかばかしい戯画で塗りたくられている。訳…